満月衛星。
ss
- 月の眺めかた
『月の眺めかた』
深く沈む夜は底の方。
俺はアパートの部屋の玄関先で廊下の手すりに肘を乗せて、ご無沙汰だったタバコを吸いながら一人で月を眺めていた。
日ごとに顔を変える月を見ていると、どことなく汐に似ているような気がする。あの子もコロコロと顔を変えて、表情が豊かだから。
もう随分前になるが、でも決して忘れてはいけないこと。
渚の死を受け入れられないで、汐に寄りかかることも、ましてや観ることすらもできなかった俺は、どれだけ彼女を傷付けたんだろう……
そんな事を時々考えて気分的にダウナーになると、決まって月の眺めかたを捜したくなって夜に表に出ては物思いにふける。
杏辺りにこんなとこを見られたら「似合わないことしてんじゃないわよ」くらいの事を言われそうだが、似合う似合わないの問題じゃない。
そうしないと、俺が時々崩れそうになるからそうしてる、それだけだ。
「パパ、なにやってるの?」
寝ぼけ眼をこすりながら、汐がひょっこりと部屋の戸から顔を覗かせて来た。
夜も遅い時間だったから汐が起きてきたことに、俺は少しビックリした。
「あ、ああ。月がきれいだったからな、お月見だ。」
「お月見?今、春だよ?お花見じゃないの?」
「お花見は別にやるからな。けど、お月見はこの時間じゃなきゃできねぇし」
「ふーん」
それだけ言うと汐は俺の左隣にやってきて同じように手すりに肘を付き「あたしもお月見」とだけ言った。
しばらく二人で月を見上げたままボーっとする。
タバコが短くなったので、サンダルの裏に擦り付けて火を消して、足元に置く。勿論タバコは後で家に持って入って、家のゴミ箱に捨てる。
まだしばらくボーっとしていたい。汐の方も俺につきあうつもりだろうか、タバコを消した俺にまだ部屋に戻る気がないと分かると、再びボーっと月を見上げた。
果たして汐はなにを考えているんだろう?
「クシュンッ」
「なんだ、寒いのか?」
「少し」
「そか」
まぁ確かに、春先とは言え流石に夜は冷える。俺は上に一枚着込んできたが、寝起きで表に出てきた汐はパジャマ姿のままだった。
気付かなかった事を申し訳なく思いながら、上着を脱いで汐の肩にかける。「ありがと」と言った汐は、着せた上着を寄せて小さくなり「えへへ、暖かい」と嬉しそうに呟いた。
「ねぇ、パパ」
「あん?」
「明日は何の日だか知ってる?」
少しして汐が聴いてきたのは、明日の予定だった。
この日の為に仕事を休ませて貰ったんだからな、俺にとっては忘れるはずもない予定だ。それくらい、大事な予定。
「汐の中学校の入学式」
「分かってるじゃん。早く寝なくていいの?」
「お前もな。俺に付き合ってなくていいから、さっさと寝直しちまえ」
「いや、もうちょっとパパに付き合ってお月見したい気分だから、寝なおして上げない」
「そうかよ」
こうと決めたら意地でも考えを直さないところは昔っからだった。まったく、誰に似たんだか。思わず苦笑してしまう。
俺に付き合って、と言うことは、俺が部屋に戻ろうとしない限りこいつはずっと俺に付きあってここに居るつもりだろう。
時計を持ってなかったから今の時間は分からなかったが、結構長く居たはずだ。そろそろ戻らないと、俺は良いが汐がよろしくないだろう。
「そろそろ戻るか」と俺が足元のタバコを拾って踵を返すと「うん」とだけ言って汐もその後について来た。
「あ、そうだ」すっかり忘れていた事を思い出し、俺は足を止めた。すると、ベチャッと言う音がして背中に衝撃が走った。
急に止まった俺に汐がぶつかった音だ。
「いったぁ〜い、急に止まらないでよ」
「スマン、スマン」
元々ぺちゃんこだった鼻を涙目でさすりながら批難がましそうに俺を見やった汐に、俺は短く謝罪する。
「謝罪の念がこもってない〜」とブー垂れる汐の頭にひょいと手を載せて、そのままクシャクシャと頭を撫でてもう一度「すまん」とだけ俺は言った。
理由はよく分からんかったが、こうやって頭を撫でてやると汐の機嫌は大概良くなる。
「えへへ」と照れたような表情で機嫌が戻ってくれた事を確認すると、俺は汐の正面に立ち直して汐を観る。
俺の方になにかを伝える意思がある事を感じ取った汐が、同じように俺を観た。目を見詰め合って、少しだけ、時間が経過する。
「汐、中学校入学、おめでとう」
「うんっ、ありがとう、パパ」
それだけ伝えると月の光に照らされた汐は、満面の笑顔でそう答えた。この子が笑顔なら、俺も笑っていられる。
そう思い俺も笑い返してもう一回、汐の頭をクシャクシャと撫でて、部屋に二人戻った。
俺の心には汐の笑顔がまたひとつ、刻まれた。
渚……月の眺めかた、観付けたよ……
翌朝、始めて学校へ制服を来て行く汐は、朝っぱらだと言うのにテンションが高かった。
枕元に制服を置いておいたり、普段は目覚ましで起きず俺に遅刻ぎりぎりで起こされる彼女が、昨日遅くに一度起きて結構な時間を俺に付きあって起きていたのに、目覚まし時計よりも早く起きた辺りに興奮の具合が覗える。
そして俺はと言えば、そんな興奮気味の汐に叩き起こされ、制服のお披露目に付きさわされた。御蔭様で少し眠い。
「ねぇ、どう?私の制服姿?」
「ああ、似合ってる。かわいいよ、汐」
「えへへ、ありがとっ、パパ」
そう言って笑う汐に、制服は本当に良く似合っていた。
それから小一時間ほどの間、汐は部屋の姿鏡を見てはクルリと回り
「ねぇ、どうどう?」
と感想を聴いてくる。
朝食の準備をしながら俺はもう何度目になるか分からない返事をする。
「ああ、良く似合ってる」
「パパってば、なんかリアクション薄いよね。」
「そりゃあ、同じ質問を何度もされれば、リアクションも薄くなるわな」
「それって父親としてどうなのよ?娘のかわいい制服姿がただで見られるんだよ?アッキーだったらきっと悶絶して床を転げ回ってるよ?」
「オッサンだったらそうだろうな。「ジェラッシィィィィィ」とか絶叫しながらな」
「あはは、そうそう。そんな感じ、そんな感じ」
出来上がった朝食を3人分、テーブルに並べる。俺と、汐と、それから……渚の分。
いつからかは忘れたが、節目や祝い事や楽しい事があった日は我が家では、3人分食事を用意するようになった。
傷心とか一家団欒の真似事とかそう言うんじゃなくて、渚は居なくても、俺達は正真正銘の家族だから。……強いて言うならそんな感じだ。
食事の準備も終わると、二人揃ってテーブルに着いて手を合わせる。
「いただきます」
「いただきます」
朝食を食べ終わって食器の片付けも終わると、2人で仏壇の前に座り、渚に線香を上げて目を瞑り手を合わせる。
「それじゃ、行くか」
「うん」
汐の方を観て渚へのあいさつが終わったことを互いに確認した俺達は、そう言葉を交わして立ち上がり玄関に向かった。
靴を履いて玄関の戸を開けて、部屋を出る前に2人とも、まるで示し合わせた様に部屋の方に振り返った。そして
「渚」
「ママ」
「「いってきます」」
と伝えて、家を出た。
朋也くん、しおちゃん、いってらっしゃい。
おわり
---あとがき---
「
桜花、繚乱。
」の前日から当日朝までの話です。
某方からの感想で「もうちょっとボリュームが欲しい」と言うようなコメントを頂きまして、そこから得たものです。
創ってる最中に方向転換をしまくった所為でちょいとおかしな所が目立つかもしれません。
出来得る限りのレベルで修正はしていますが、御指摘等々あればどうぞ教えてくださいませ。
それではそれでは、読んでくださった方々に沢山の感謝を込めつつ、今回はこの辺で。ではまた〜
(05/05/03)
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