満月衛星。-ss-ゆめはまたゆめ 満月衛星。 ss - ゆめはまたゆめ

『ゆめはまたゆめ』

 それは、しんしんと雪の振る日だった。
 全ての音を雪が吸収してしまったみたいに、町中がシンと静まり返って、長年過ごした町がどこか幻想的に思えた。

「藤林先生、今日は雪が降って大変なことになる前に幼稚園を閉めましょう」

 雪がこれから本格的に降り積もるとニュースで聴いた勤め先の園長先生がそういってくれたおかげで、幼稚園のお勤めを早く上がれた。
 そんな雪の日の帰り道、何とはなしに歩いていると、道端になにかが目に入った。
 遠目で観た時にはそれがなんだったのかは解らなかったけど、段々と近づくにつれそれが朋也と汐ちゃんの二人だって解った。
 そして解った瞬間に、2人の様子がおかしいことに気付いた。朋也は地面に膝をついて汐ちゃんを抱いていて、その汐ちゃんはぐったりとしていて、微動だにしない。

 ふと嫌な予感があたしの頭をよぎった。
 もう長いこと幼稚園を休んでいた汐ちゃん。原因は熱が下がらないから、とだけ伝えられていたけど。
 まさか……

「朋……也……?」

 嫌な予感が外れていますように。ただただ、それだけを願って、あたしは朋也に声をかけた。
 あたしの声に気付いた朋也が、ゆっくりと振り返った。その顔を見た瞬間、解ってしまった。
 あたしの嫌な予感が……当たっていたことが。

「杏……」

 それだけを呟いた朋也は、静かに泣いていて、長いことここで泣いていたことが解るくらい、酷い顔になっていた。
 その表情があまりに静かに、怖いくらいに痛すぎて、思わず顔を背けそうになる。けど、ここで顔を背けちゃいけない。あたしはそれだけを強く思って、朋也の顔を見つめ続けた。
 朋也が、再び口を開く。

「汐が……汐が……汐がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 それだけ搾り出すように叫ぶと、朋也は今まで溜め込んでいたものを全部吐き出すように声を上げて泣きだした。
 あたしはなにも言えずに、思わず朋也のそばまで駆け寄って同じように屈んで、朋也を汐ちゃんごと抱きしめた。
 今のあたしにはこれしか、二人を抱き包むことしかできなかった。

 やがて、朋也は泣き疲れて、気を失った……

 慰めの言葉は思い出せなくて、汐ちゃんの小さな手のひらはさめたまま、ぶら下がっていた……



 ・

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 ・

 『……ん? 仲間に入れてもらうか?』

 ――― ……ううん、いい。いまはパパといたい ―――

 『…………』

 ――― あのこたちとは、たくさん遊んだから ―――

 『そっか……』

 ――― だんごっ、だんごっ…… ―――


              『明日はどうしたい?』

              ――― あそびたい ―――


                          『汐ちゃんは、お母さんのこと、知らないですか』
                          『ああ、知らねぇよ』

                          ―――でも、パパからたくさん聞いたから、いっぱいしってる ―――

                          『そうですか。汐ちゃんのお母さんは、どんな人でしたか?』

                          ――― ……とっても泣き虫。でも……すごくがんばって、汐をうんでくれた人 ―――

                          『…………』

                          ――― それで……すごく、パパが好きだった人 ―――


                                               ――― ……パパ ―――

                                               『なんだ……』

                                               ――― ……だいすき…… ―――

                                               『ああ……    ……』



 ・

 ・

 ・

 ・

 ……頭が重い。おまけにガンガンする。いつのまにやら意識を失ってたらしい。
 意識を取り戻した俺を向かえたのは、泣きまくった後遺症と思われる頭痛と、見知らぬ天井だった。ここはどこだ?それ以前にどうして俺はこんなところに居る?

 上下左右360度どこを見回しても、そこは見慣れない景色。けど、夕焼けに紅く染まる並べられたベッドと、見慣れはしないが解りやすい格好をした人達がいた。
 解り易すぎるロケーション。俺は、そこが病院の大部屋の一室だと言う事を、ようやっと理解した。
 そして思い出した。汐を、汐までもを、俺は失ってしまったことを……

 いがみ合いながらの旅行だったけど、それでも汐は楽しかったと言ってくれた。
 家族の絆を取り戻せたと、確かに認識できた。帰りの電車の中で渚の事を沢山話した。
 おっさんと野球をして汐がそれを傍で見ていた。
 始めて汐のためにハンバーグに挑戦した。
 日曜日の休日は汐と一緒に失われた時間を取り戻そうとした。

 それら全ての、大きなことから小さな一つ一つの想い出までが、まるで昨日のことのように想い出しては、消えて行った。
 幸せになろうって、汐と一緒に幸せになろうって、それだけを思って、願って過ごしてきたはずなのに……

「あっ、朋也。目ぇ覚めたのね」

 淡い夢に堕ちていくようにボーっとしていたらしい。不意に大部屋の入り口の方から声をかけられて、思わずビクッと肩を震わせた。
 おまけにどうやら泣いていたらしいく、気が付くと頬が湿っていた。俺は慌てて涙をゴシゴシと腕で拭った。
 声がした方を観ると杏がいる。そういえば汐を失って、目が覚めたさっきまでの記憶がすっぽり抜けている。

「きょ……う?」
「なに?」
「なんでお前がこんなところに居るんだ?そもそも、なんで俺はこんなことろに居るんだ?」
「なんでって、あんたがここに居るのは、救急車で運ばれたから。あたしがここに居るのは、救急車を呼んで、ここまで付き添ったから、お分かり?」
「……お前がここまで運んでくれたのか?」
「そ。とはいっても、救急車を呼んだだけだけどね」

 そう言って方目を閉じてニッコリと笑う。そんな杏の笑顔に、俺は心が少し柔らかくなれた気がした。
 そして朧気ながらに思い出す。そういえば、汐が目を閉じてからこいつに会ったような気がする。その辺の記憶があいまいだ。
 でも、その辺りの事を抜きにして、普段どおりに話しかけてくれるているのが、正直今の俺にはありがたかった。

「そっか、ありがとな」



 朋也が気を失ってから現実に立ち返ったあたしは、大急ぎで近くの公衆電話に飛びついて119番に電話して救急車を呼んだ。
 時間の流れを無駄に長く感じつつ、救急車が来るのをひたすらに待つ。
 ようやっとして辿り着いた救急車にあたしも成り行き上転がり込む。三人を乗せた救急車が辿り着いたのは、近年できた、双子の椋の勤めている病院だった。
 病院の中に担ぎこまれていく二人を、あたしはただただ見送ることしかできなくて、結局なにもできなくて、朋也の寝顔を確認して帰った。汐ちゃんの顔は……見られなかった。


 次の日の夕方、あたしは仕事を早めに上がらせてもらい、その足で直接病院へと向かった。
 受付で朋也の名前を出すとしばらく待つように言われて待っていると、椋が来て二人の容態を教えてくれた。

「疲労困憊だったよ、岡崎くん」
「うん」
「それから、一緒にいた子は……残念だけど……」
「うん」
「あの子、岡崎くんと古河さんのお子さん?」
「うん」
「そっか、私は始めて逢ったけど、かわいい子だったね」
「うん」
「…………」
「…………」

 なんていったらいいのか分からなくて、あたしは「うん」と返すだけだったから会話が続かない。
 椋が言う事を言い終わると、待っていたのは沈黙だった。沈黙に耐えかねてか、椋がまた話し始めた。

「あのね、お姉ちゃん」
「ん?」
「岡崎くんには、普段どおりに接してあげてね」
「普段どおりに?」
「うん。こういう時って気を使われたりすると逆に疲れちゃったりするから……」
「普段どおり……ね」

 椋は救急車にあたしが乗ってたっていう状況から勘違いしたみたいだけど、あたしと朋也が顔を合わせたのは数ヶ月ぶり。
 それに、朋也が立ち直ってから再会したときも、汐ちゃんの送り迎えの合間に少し話したくらいで「普段」って言うものが決定的に欠けてたから、どうしたらいいのか良く分からない。
 戸惑うあたしをよそに仕事上朋也一人を看病するわけにもいかない椋は、朋也の病室をあたしに伝えると、他にも山積しているであろう仕事をこなしにどこかへ行ってしまった。
 一人残されたあたしにできることは、とりあえず病室へ行くことだった。

 病室に戻ると、朋也が目を覚ましていた。体を起こして、まっすぐを見つめる涙を流す目が見えた。
 それは夕焼けに照らされて、長く伸びる影が徐々に長さをまして、それに伴って輪郭をぼやけさせて行くのと同じくらいの速度で、ありもしない永遠を見つめているような目。
 ありていに言えば、現実を見ていなかった。儚くて朧気で、声をかけたらそれが幻だと気付かされてしまうんじゃないかって、思わず思った。それくらい、今の朋也は不安定に見えた。
 実際不安定なんだと思う。あんなことがあった後だし、肉体的にも、精神的にも疲れてるだろうし。

 どうやらあたしには気付いてないみたいだったから、どう声をかけようかって思案する。
 椋が言うにはいつもどおりにしろってことだったから、あたしはとりあえず汐ちゃんと通園してた時のような感じで、あたかも今朋也の存在に気付いたみたいに大声で朋也に声をかけてみた。
 できるかどうか不安だったけど一言声をかけて見ると不思議なもので、そこから先は時間を巻き戻したみたいに普通に話すことができた。
 意外と何とかなるもんだって、自分でもビックリした。



 俺が礼を述べると杏はニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべて「この貸しは高いわよ?」と言って笑った。
 「そいつは、覚悟しないとな」と苦笑して返す。
 会話が続かなくって、その間が妙に重くてなにか言わないと宙ぶらりんになった足元が見えるような気がして、いい知れない恐怖と不安が俺を襲う。
 気が付くとそれらのモノから逃げるように、口を開いてさっき観ていた夢の事を話し始めていた。話題が他に見つからなかったから。

「さっきまで夢を観てたんだ、汐と過ごした日々のさ。夢の中で聞いた、かりそめの言葉には、とげも何もなくて、それはとても純粋な言葉で、でも俺が最後に言おうとしていた言葉だけは、届かなくって……」

 また涙が溢れる。汐を失った悲しさと、自分のいたら無さ、情けなさ、不甲斐なさ……色々な無いが俺を責める。
 そしてそんな、ないない尽くしの自分がどうしようもなく恨めしくい。

 夢の中での汐との会話を思い出す。家族になって過ごせたのはたった少しの時間だった。それでも、幸せだった。幸せだったんだ……
 もう2度と帰ってこない日々に、胸が締め付けられる。

 痛い

 痛い

 痛い

 痛い

 ただただ、締め付けられるだけの胸。もうココロがしびれて、疲れて、なにも考えたくなかった。

「いっそ、俺も一緒に消えちまえばよかったんだ……」
「……っ! バカなこと言ってんじゃないわよっ!!」

 突然だった。俺の言葉をただただ聴いていた杏が、俺の言葉をさえぎったのは。
 そのまま俺の胸倉をつかんで、自分の顔の前まで持ってきた。怒りの表情で俺の目を射抜く。
 顔を逸らしたかった。目を合せていたくなかった、逸らしたかった。けど、杏の目が、それを許さなかった。

「あんたまだ生きてるじゃないっ!! 生きて人生歩いてんじゃないっ!! だったら前に進みなさいよっ!!
 あんたまだ生きてんだからがんばれるでしょっ!! ならちゃんと、がんばんなさいよっ!! ちゃんと進みなさいよっ!!」

 殴られるよりも堪える台詞だった。
 それはいつかの日、渚も言った言葉。それを今度は杏から聴くことになるとは……
 でも俺には……

「でも……」
「デモもストもテロも何もないっ! 残された側の人間の気持ちってのはあんたが一番解ってるはずでしょっ!」
「けど……」
「けど、しかし、バット、その他諸々禁止っ!!」
「…………」

 なにも言えなかった。杏の言ったことは正しくて、おまけに、反論の余地を奪われてしまった俺に言い返すべき言葉は無い。
 俺はただ、杏の目に射抜かれるだけだったが、その杏の顔が、次第に怒りから悲しみへと崩れていった。

「ねぇ、朋也……」

 まるで懇願するようなトーン。みるみるうちに目に涙が溜まる。けど杏は、それを流すまいと必死に耐えていた。

「お願いだから、生きて。あんたがそんなこと言って本当にいなくなったら、あんたを助けたいって思ったあたしはどうすればいいの?
 朋也を必要としてる人は、まだ居るのよ?その人達の気持ちを、お願いだから裏切らないで……っ」

 それだけ言うと、杏は俺の胸に顔を押し当てて、子供のようにわぁわぁと泣き出した。
 「ゴメン……」俺は杏の背中を子供をあやすみたいにできるだけ優しくたたきながら、それだけを何度も何度も杏の耳元で呟いた。
 杏は首を横に振ったけど、泣くことだけは止まなかった。


「……ゴメン、本当だったらあんたの方が泣きたいところなのにね」
「いや、俺はもう泣き倒したよ。それよりもお前が泣いてくれたおかげで、なんか楽になったよ」
「そう……」

 しばらくして泣き止んだ杏が、そういった時の複雑な表情が印象的だった。
 けど、俺が言った事は本当だった。杏が泣いてくれたおかげで、いくぶん楽になった。
 そして、俺にはまだしていないことが有る、それをこれからしなければならない。そう思う覚悟を持つ余裕も貰うことができた。

「なぁ、杏」
「なによ?」
「霊安室まで一緒に行ってくれないか?」
「……ん」

 しばらく思案した様子だったが、やがてそれだけ言うと杏は俺に手を伸ばしてきた。どうやら付きあってくれるってことの意思表示らしい。
 「サンキュ」とだけ返して、杏の手を取った。そして、俺達は汐の眠る部屋へと向かった。



 霊安室で横たわる汐の死に顔はとてもキレイだった。
 汐の手をそっと持ち上げる。冷たく、小さな手。

 それは、現実だった。

 痛いほどに現実だった。

 目を逸らしてはいけない現実だった。

 そして俺は今その現実の上にまだ、生きていた。
 これからも生きなければならなかった。

 なにかを言おうとして、言ってしまえばそれで全てが終わってしまうような気がして、でも言わなければいけなくて、終わらせなくてはならなくて、俺は言葉を捜す。
 そして見つけた言葉は、夢の中で届けられなかった言葉。夢で言えなかった言葉を、せめてここで伝えようと、俺は静かに、口を開いた。

 ――― ……パパ ―――

 『なんだ……』

 ――― ……だいすき…… ―――

 『ああ……』

「パパもだ……」








おわり







---あとがき---
 CLANNAD ss祭り第3期2回目に出展した作品です。お題は『思い出』でした。
 感想会でも言いましたが、言わせたい台詞があって、そこから話しを広げていったものです。
 結果ドシリアスのドギツイ話しになってしまいましたが、割とスッキリと読んで頂けた様で一安心でした。
 一票いただけたと知った時には小躍りをしそうでしたわ。

 汐と朋也の話し、と言う点ではROUAGEのもう一つの形かもしれません。
 タイトルと中身の一部のパクリどころもROUAGEの曲からです。SOUPってアルバムとベストアルバムに入ってるよ。

 そんな感じですかね。それではそれでは、ここまで読んでくださった方々に沢山の感謝を込めつつ、今回はこの辺で。ではまた〜
 (05/05/17)

 P.S.感想なんかをメールBBSにいただけると、嬉しいです。是非……おひとつ……

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