満月衛星。-ss-ピーターパンのしっぽ 満月衛星。 ss - ピーターパンのしっぽ

『ピーターパンのしっぽ』

 大っ嫌いだった。
 不意に見せるしぐさや顔立ちが、渚を思い出させる。それくらいに汐は渚にそっくりだった。

 皮肉な話だ。渚が居た時は俺の方が古河の家に行っていたと言うのに、居なくなってからは逆に来てくれていた。それも、汐をつれて。
 早苗さんが汐と共に俺のところに来るたびに汐の存在に目をそらし、そう言えば、と前に渚が言っていた事を思い出した。

『離れていても、どこかで通じ合っていればいい……』
『その最後のつながりが……疎遠にならないこと、だと思います』

 きっと早苗さんも、俺と汐の家族の絆が途切れないようにしてくれていたのだろう。
 それなのに俺ときたら、そんなふとしたきっかけで渚を思い出しては、掻き消そうとまた俺は現実から、汐から目を逸らし、仕事をすることで記憶を頭の隅に追いやった。
 いっそ永遠にバカガキだった当時の俺のまま、記憶の中の渚をさらって、ネバーランドでも目指して消えちまえばよかったんだ……。
 本当に気分が最低な時は、そんな頭の悪いことまで考えた。

 なんでそんなこと思ったんだろうな。俺はピーターパンなんぞには成れないし、ましてや空だって飛べない。
 でもネバーランドだけは何故かあって、渚はそこに一人で行っちまった。
 置いていかれた俺は渚に追いつくことも、ましてや追いかけることすらもできなくて、でも大切なものはまだここにあって、それに気が付くのにまた時間をかけた。
 ホントに……バカだったんだな……

 大切なものは、いつも近くに居てくれてたっていうのに……



 だんごっ、だんごっ……

 「……んっ」と小さく唸って、俺は体を起こした。カーテン越しに注ぐ朝の光はどこか優しくて、暖かかった。

「夢か……」

 それだけ短く呟いて、さっきまでの光景が俺の頭の中で展開されていた夢だったことを改めて理解して、ほっと胸をなでおろす。
 とりあえず、さっきっから「だんごっ、だんご」と歌う目覚ましを止める。数年前にリサイクルショップで見つけてきただんご目覚ましは、今では我が家の時計番だ。
 確か買ったのは汐の誕生日プレゼントと言う名目だったはずだが、汐が目覚まし時計じゃ起きないおかげで俺の方が重宝している。
 汐に言わせれば

「だんごがパパを起こして、パパが私を起こす。これぞだんご大家族効果よっ」

 と、言うことらしい。ナンダカナンダカ……
 兎にも角にも、そのだんご大家族効果なる怪しい効果にのっとり、汐を起こしにかかった。

「ほれ、汐、起きろっ」
「あとごふん……」

 「う〜ん、むにゃむにゃ」とか言う擬音が聴こえて来そうなくらいに見事な眠り姫っぷりだ。
 学校がある時だったら、遅刻ギリギリまで寝かせておくが、今日は日曜で、おまけに春休みだ。
 こいつにとっては中学校に上がるまでの間のつかの間の連休、ゆっくり寝たってバチは当たらないだろ。

 今日は古河の家に顔を出す日だったが、まぁそれは午後からでも大丈夫だろ。
 そう思い汐はそのまま放って置くことにして、自分の分のトーストと、インスタントコーヒーをいれることにする。
 汐の寝顔を肴に食べる朝食は、どこか俺に、安心を与えてくれた。そんな風に俺の穏やかな朝は過ぎていった……


 太陽が南の位置から少し西に傾いた頃、のっそりと汐が起きてきた。

「おあよー」
「はいよ、おはよーさん、さっさと顔洗ってきな」
「ふぁ〜い」

 あくびをしながら返事をして洗面所へと向かう汐。ようやっと起きたか……物凄い惰眠だな。呆れるのを通り越して関心すらする。
 そんな汐のためにインスタントコーヒーをいれてやることにする。インスタントコーヒーの粉をカップにいれ、砂糖スティックを2本用意して、お湯が沸騰するのを待つ。
 お湯が沸騰するのを待っている間に汐の方は洗顔も着替えも終わったらしく、パタパタと音を立てて戻ってきた。

「おはよう、パパ」
「ん、おはよ。目は覚めたか?」
「バッチリ」

 ピースサインをしながら、ニッカリ笑って元気に答える汐。どうやらさっきの「おあよー」は記憶にないらしい。ま、爽やかに目覚められた様で何より。

「そう言えばさ、さっき洗面所に水ためて顔を洗おうとしたら、寝ぼけておぼれかけちゃった。あははははー」

 全然爽やかじゃなかったっ。っていうか朝っぱら(?)からなんちゅーアホな子っぷり……
 抜けてるところがあるなとは思っていたが、まさかここまでとは……。長いこと暮らしてきたが、初だな。う〜む、侮れん。俺も少し注意しよう。

「あのな……あははははーじゃないだろ。もしもなんか有ったらどうするんだ?」
「大丈夫でしょ、一人暮らしじゃないんだし。いくらなんでも遅すぎたらパパが見つけてくれるでしょうし」
「そりゃまぁそうだが……」
「もしもおぼれて意識がなくなった時は、人工呼吸して私を助けてね?」

 ウインクをしてじゃれ付いて来る汐に呆れて、俺は「アホか」とだけ答える。それから、はぁ〜……とため息をついてコンロの火を止める。
 やかんのお湯をカップに注ぎ、砂糖スティックを2本入れて攪拌した後、冷蔵庫から牛乳を取り出して多めに注ぐ。

「パパー、私もう子供じゃないんだから、いい加減ブラックでも飲めるよ」
「お前にはまだ早い。大体そう言ってこないだの卒業式の日にブラックコーヒー飲もうとした時、お前どうしたよ?まさか忘れたとは言わせないぞ」
「…………」

 黙りこんだところを見ると、言いたくないのだろう。
 おまけにあの時飲んだブラックコーヒー味を思いだしたのか、心なしか顔を青くしている。
 顔を青くするほどのものだっただろか?っていうか、思い出してそんなんになるんだったら挑戦しようとするな。
 兎に角、口を開こうとしない汐に、そのときの惨状を俺の口から伝えてやる。

「確か、一口飲んで、あまりの苦さに驚いて、口の中の物は台所の流しに戻して、コップの中身も一緒に捨てた。違うか?」
「……違わないです」
「よろしい。同じ結果が目に見えてて挑戦する必要もないだろに」

 呆れながらそう呟いた俺に拗ねたような口調で、汐は口を尖らせて抗議した。

「だって、早く大人の味に慣れたかったんだもん」
「風子じゃあるまいし……。あのなぁ〜、コーヒーなんぞブラックで飲めなくたって大人にはなれるんだぞ」
「それはそうかもしれないけど」
「はぁ〜……。ま、飲めるようになるなとは言わないさ」
「???」
「徐々に慣れて行けばいいさ。とりあえず、まずは砂糖スティックの数を一本にするところから始めてみるか?」
「……うんっ」

 俺が言った事をちゃんと理解したらしい汐は、元気良く返事をした。ま、ゆっくりやりなさいよ。

「ところで今日はなんか用事はあるのか?」
「ないよ。だって古河のおうちに行く日じゃない」
「それもそだな。んじゃ昼飯食って、ゆっくりしたら行くか」
「おーっ」

 拳を上げて行く気満々の汐。さてと、そんな汐のために昼飯でも作りますかね。
 よっこらしょっと立ち上がって冷蔵庫からチャーハンに必要な材料を取り出す。

「んじゃま、昼飯ができるまで、しばしのんびりしてろ」
「うん。あ、そうだそうだ。ねねね、小学校の卒業式に時に撮ってもらった写真、もう出来上がってるかな?」
「そりゃ出来上がってるだろ」
「私、かわいく撮れてるかな?」
「あのオッサンが撮ったんだ、悪くは写さないだろ」
「それもそうだね。楽しみ楽しみ」



 俺もいつかネバーランドに行く日が来る。それがいつかは分からなかったけど、どうか、それが当分先でありますように……
 せめて……この子が幸せに俺の元を離れていけるその時までは、どうか、このままの穏やかな日々が続きますように……



 汐、愛してるよ。







おわり







---あとがき---
 普通さ、汐編でss書くっつったら桜花、繚乱。の続き書くだろうにねぇ〜。何でか時間を逆行してますよ。
 まるでマリリンマンソンの三部作アルバムのようです。逆スライド三段方式です(笑)
 とりあえず、心華さん的CLANNAD汐編三部作はこれにて終了です。これ以上時間を逆行させる気も起きません。

 まぁまぁ、兎にも角にも、読んでくださった方々に沢山の感謝を込めつつ、今回はこの辺で。ではまた〜
 (05/05/04)

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