満月衛星。-ss-PRE-SENT 満月衛星。 ss - PRE-SENT


 心の準備がほしい。花火大会の時にちゃんと話す。それでいいか?

 それだけを搾り出すように言った朋也からいつの間にか汗が吹き出ていた。それもたぶん脂汗。呼吸も上がっていて、息切れしてる。
 怖い……単純にそう思った。朋也の中にある闇の手前にたってみて、初めてカレの中にある闇の、その深さと暗さを目の当たりにした。
 でも引き返しちゃいけないんだ。覚悟を決めなきゃ。グッと足に力を入れて朋也を真正面から受け入れる。

 うん、解った。それまでは、触れない

 あたしの返事を聞いた朋也はあたしの目をみて不安定に笑った。ふにゃっていう感じの、力のない笑顔。
 そんな朋也を見るのがつらくて、支えたくて、あたしは地面を蹴ってそのまま朋也に飛びついた。
 ぎゅぅって抱きしめて、朋也にあたしはそばに居るよ、大好きだよって言う気持ちをこれでもかっていうほど注ぎ込む。

 抱きしめ返しながら朋也は少しずつゆっくりと呼吸を整えていた。頭一つ分くらい大きいから朋也のあごがちょうどあたしのおでこのあたりに来てる。
 暫く抱きしめあってたお陰か、朋也はだいぶ落ち着いたみたいで、どさくさにまぎれてあたしの髪にキスをしたり手で短くなった髪の感触を味わったりしてた。
 ムッ、手つきが妖しいぞ彼氏。でも、まぁ、ちょっとだけ――本当にちょっとだけだかんねっ――気持ちいいから、勘弁してあげるわ。その代わり、あたしもたっぷりと朋也のぬくもりを味わう。……うん、あたたかい。

 それから結構長いこと二人で抱き合ってたけど、さすがに日が傾いてくると家にも帰らなくちゃいけないから、名残惜しかったけど朋也と分かれた。
 夏が終わって日は短くなって、傾く太陽は夕焼け小焼けで、やっぱり全部を燃やし尽くしちゃうくらいにきれいで、そして怖い。
 自分を安心させたくて、朋也にも安心してもらいたくて、だから最後にチュッて、唇と唇が触れるだけのキスをした。
 唇からかすかに伝わってきた朋也のぬくもりがあたたかくて、安心できた。


『PRE-SENT』


 その日、あたしはいつもより早く目覚めた。いつもとおんなじ、365日の中の1日。でもいつもとは違う1日。

 9月9日、それはあたしの生まれた日、あたしたちが生まれた日。
 一通り身支度を整えて、一気合入れるてリビングに行ったら椋やお父さん、お母さんたちはすでに起きていて、二人まとめておめでとうと言ってくれた。

 何の因果か神様の粋な計らいか、それともあたしたちの普段の行ないが良かったからなのかは解らなかったけど、その日は見事な土曜日で空はアホみたいに晴れ渡っていた。
 そばで垂れ流しになっている国営放送のニュースからは今日一日の降水確率が0であること教えてくれて、あたしはことさらに喜んだ。
 横を見ればそれは双子の片割れも同じで、結果二人揃って母親にからかわれる羽目になった。

「所詮双子、流石双子か……」そうからかう母はどこかうれしそうにあたしたちのことを見ていたのをあたしは見逃さなかった。
 父親は父親でこちらは逆にどこか寂しさ漂う空気が出てて、それはそれでまた印象深かった。親ってのは得てしてこーゆーものなのかしらね?


 いつもよりちょっと早い、それからちょっとだけ豪華だった朝ごはんを食べて久しぶりに椋と学校に行くことにした。

「お姉ちゃん、私バスだけど……いいの?」
「大丈夫よ、たまには椋とゆっくり話しながら登校したいしね。……それじゃ、さっさと行きましょ」
「わわわっ、お姉ちゃん早いよ、ちょっと待ってっ」

 慌てて付いてくる椋を尻目に、あたしは「早くしないと置いてっちゃうわよぉ〜」なんていいながら小走りでバス停までかけていった。
 こっちから一緒に行こうって誘っておいて、置いていくのもどうかと思うけど、もちろん置いていく気もないし、椋もそれを解ってるからあたしのちゃらけに付き合ってくれる。
 椋が追いついてバス停までの道のりをのんびり歩いてる道すがら、椋をさりげなく見る。

「あんた、勝平とくっ付いてから可愛くなったわよね……」
「お姉ちゃん?」

 何気なくポロッと出ちゃった一言だっただけに、椋も驚いてた。
 顔を真っ赤にして下をうつむいてしまった。こういう反応が、可愛いのよねぇ〜。

「お姉ちゃんも可愛いよ」

 ようやっとそれだけ返事をした椋に、ありがとって言って、またホテホテと二人歩く。
 バス停についてからは、最近合ったテレビの話題とか、どっかの誰かが着てたあの服がどうのとかそんな話をしてたら、いつの間にか学校の最寄り駅に着いちゃった。
 暫く歩いてもそんな調子で話していたら、椋が急にまじめな顔をして言った。

「何かあったの?」
「へっ、何で?」
「お姉ちゃん、朝から気合入ってるもん」

 バレてたか。……いや、どっちかって言うと、バレてほしかったのかもしれない。
 一人で全部を受け止める自信がいまひとつ持てなくて、それで誰かに後押しって言うか、喝みたいなものを入れてほしかったのかもしれない。

「あのねっ、椋――」
「朋也くんとのこと?」と、あたしの言葉は遮られた。急発進のして直ぐに急ブレーキを掛けたおかげで、さっきつけた勢いが一気になくなった。
「……うん」
「それは、私が話を聴いてもいいこと?」
「……分かんない」

 やや暫くあって椋は一つため息をついたて、立ち止まった。

「お姉ちゃん」

 椋にあわせてたちどまって椋の方を見ると、椋は真っ直ぐな瞳であたしを見ていた。

「朋也くんの今の彼女は誰?」
「あたし」
「うん、そうだよね。だったらそんな聴いてもいいか解らないこと、私が聴くべきじゃないと思うな、それに……」
「それに?」
「お姉ちゃんだから朋也くんは好きになったんだよ。だからもっと自分と、朋也くんのこと信じてあげて」

 なぜだろう、理由もわからないけど涙が出そうになった。
 あたしは「椋……っ」とだけ呟いて抱きついた。
「わわわ、お姉ちゃん、周りの人が見てるよっ!!」なんてのた打ち回る椋を無視して、椋を抱きしめる腕に力をこめて耳元で「大好き」とだけ伝えた。
 その言葉を聴いた椋はビックリしたみたいだったけど「私もだよ」って小さく返事をしてくれた。

「お姉ちゃんらしく受け止めてあげれば、きっと朋也くんのことも大丈夫だよ。だって、お姉ちゃんを好きになった人なんだから」

 今度こそ、涙が出た。ありがとう、椋、大好きだよ。あたし、がんばるよ。


 そうして暫く椋と抱き合っていたら、不意に後ろから声をかけられた。

「朝っぱらから仲がいいのは解ったから、程々にしとかないとそろそろチャイム鳴るぜ?」
「朋也っ!」
「朋也くん、おはよう」

 よっ、っという風に軽く挨拶を返した朋也は、改めてあたしたちを見て呆れたように言った。

「で、さっきも言ったが仲がいいのは結構だが、そろそろチャイム鳴るぜ?」
「ふふん、椋とイチャイチャできて羨ましいでしょ?」
「ああそうだ、イチャイチャで思い出した。椋、彼氏できたんだってな、おめでとう」
「うん……ありがとう」

 あたしの言葉を軽くスルーしやがった、この彼氏は……。一瞬辞書か投げてやろうかと考えてやっぱりやめておく。これから授業で使うし。
 それにしたって、改めて第三者から祝われるって言うのはどーやら恥ずかしいらしく(おまけに朋也は元カレだし)、椋は耳まで真っ赤になって返事をしていた。
 わが妹ながら可愛い反応だ……

「ほれ、さっさと行こうぜ」

 そういって先に行ってしまったともやの後について、あたしたちも歩き始めた。
 こないだのことがあった所為か、少し朋也の雰囲気がギクシャクしたもののように見える。緊張……してるのかな?
 椋も何か感じ取ったものがあったらしく、あたしの腕をひじで突っついて、小声で話しかけてきた。

「朋也くんと有ったことって、このこと?」
「何でそう思うの?」
「朋也くん、なんだか緊張してるみたいに見えるから」
「やっぱそう見える?」
「うん」

 誤魔化せるもんなら誤魔化したかったけどそうもいかないみたい。
 まぁそもそも、相談持ちかけたのがこっちなんだから、誤魔化せるわけもなかったんだけど。
 でも、巧く言葉を選んで言い伝えることも出来なくて、あうあうしてると椋は「お姉ちゃん」とあたしを呼んでにっこりと優しく微笑んだ。
 そして「がんばって」と小声で伝えると

「あ、私、学校でしなきゃいけないことがあったの忘れてました。だから先行きますね」

 そう言って学校のほうに駆けて行ってしまった。
 残されたあたし達は特に何するでもなくボケェ〜ッとして、椋を見送った。

「道端であれだけ姉妹で抱き合って時間潰しといて今更だと思うんだが……」
「ま、クラス委員も大変ってことでしょ」
「それを言ったらお前もだろがよ」
「ま、ね」
「……気ぃ、使わせちまったかな」
「使わせちゃったわよ、思いっきり」

 さすがの朋也でもその辺のことにはちゃんと気づいたみたいで、少し申し訳なさそうなトーンで苦笑していた。
 気づいているんだったら無理やり使わせてない、なんていうのはかえってトンチンカンな気がしたから、遠慮なく本当のことを伝える。
 あたしがズバズバ言っちゃった所為か朋也は苦笑していた。

「そか、そりゃ悪いことしちまったな」
「そう思うんだったら、せっかく出来た時間を有効に使わせなさい」

 と、いうわけで、今度は朋也に思いっきり抱きついてやった。

「おい、よせっ、ばかっ。道の往来でくっつかれるのはマジでこっぱずかしいんだっつーのっ!」
「だぁ〜めっ」

 もちろんダメに決まってる。こっぱずかしかろうが緊張していようがなんだろうが、あたしはあんたの彼女で、全部をあたしらしく受け入れるって決めたんだから。
 こうやってあんたにくっついて、時々離れて、またくっついたりして一緒に歩いていくんだから。
 大丈夫、ちゃんと、受け入れるから……

「へへぇ〜」
「なんだよ」
「ん? なんでもない。ただ、好きだかんねって思っただけ」
「……ふ、不意打ちで言うのは勘弁してくれ。殴られるよか堪える」

 少しは朋也がリラックスできるかな? なんて思ってやってみたんだけど、今度は逆に力が全部抜けちゃったみたい。逆効果だったかしら?
 でもま、少なくともさっきみたいな緊張がなくなったんだから、結果オーライってことで。


 それからは、表面的には割りといつもどおりの二人だったと思う。思うって言うのはあたしが感じただけで、実際はたぶん、物凄くギクシャクしてたんじゃないかしらね?
 色々話を振って朋也はそれをちゃんと聞いてくれてはいたけど、やっぱりどこか落ち着かない雰囲気。そこであたしもうまいこと会話を広げられなくてそのまま……みたいな。
 それは学校が終わって、6時に駅前で待ち合わせることを約束して別れるまで変わらなかった。
 仕方ないってのは解ってたし、それまではお互いアノ事については口にしないってのが約束だったけど、なんていうか……すっきりしなかった。

 でも、ここでうじうじしてても仕方ないもんねっ。サッと気持ちを切り替えていかないと。
 うちに戻ってシャワーを浴びて汗を流す。それから高校入学祝に買ってもらった浴衣をタンスの奥から引っ張り出した。
 去年までこんな風に彼氏と夏を過ごすなんていうことをまったく考えてなかったから、買ってもらってからこっち、ずっとタンスの肥やしになってたのよね。
 本音を言えばちゃんと浴衣も新調したかったんだけど、貧乏な家庭じゃないにしても、ほとんど袖を通してない浴衣があるのに新しい物を買って貰おうなんてことをねだれるほど図太い神経も持てなかった。

 それに、なんだかんだ言ってこの浴衣をあたしは気に入っていた。
 藤色をベースにして淡いエメラルドグリーンのラインと、ちりばめられたナデシコの花がとても可愛くて。
 買ってもらった当時は彼氏も居なかったし、子供みたいにはしゃぐのも馬鹿らしく思えのよね。
 今だったらそんな馬鹿らしく思えたことも、馬鹿になるってことも大切なんだって思える。馬鹿にならなきゃ解らない楽しさだってあるんだから。

「お母さぁ〜ん、浴衣着るのちょっと手伝ってー」
「はぁ〜い、はい、はいっと。今日は二人揃って浴衣でおでかけかぁ……お陰であたしは忙しい忙しい」
「ごめん、でも浴衣なんて普段着ないから解んなくって」
「解ってるわよ。よーやっとわが娘に女っ気が出てきたんだから、それを手伝わない母じゃないわよ」
「もぉ〜ちょっと母親らしい言葉はかけられないのかしらね?」
「椋にはちゃんと言ったわよ。恋して椋はますます可愛くなったわねぇ〜って」

 ……なぜそれをあたしにも言わない。
 おまけに似たようなセリフを朝っぱらに吐いた記憶があるわ。あたしの内面は確実にこの人を継いでるってこういうときに感じる。

「その椋は?」
「もうとっくに着替えて出たわよ。それにしてもあんたは、段差がないわねぇ」
「るっさいわねっ」
「椋は補正が必要だったけど、あんたには必要ないし。ま、こっちは余計な手間が省けて楽だけどさ」
「くわぁーっ! むかつく母親だわね、マジでっ!」
「ほぉ〜ほっほっほっほ、悔しかったら朋也くんに揉んでもらって大きくしてもらいなさいっ」
「ぐぬぬぬぬ……」

 近いうちにみてらっしゃいっ、くらいの見栄を張りたかったけど、もう成長期というやつが終わってしまったあたしじゃ、どうあがいてもサイズアップは望めないんだろうな。
 こればっかりは仕方がない。そこまで考えてしまうと、どっと力が抜けた。

「うん、いい感じに力も抜けたみたいで、なによりなにより」
「は?」

 思わず間抜けな返事をしてしまったあたしに、お母さんはポンポンと軽く肩をたたいていった。

「なぁ〜に力入れてんのかは知んないけどさ、あんまり無駄に力んでると肝心なところで外すわよ?」
「うん……」

 たぶん、複雑な顔してると思う、今のあたし。
 そんなあたしを見て母さんはこっち来なさい、といってあたしを化粧台に座らせた。

「そのままじっとしてなさよ」

 とだけ言うと、台の下から化粧台を取り出して蓋を開けた。中には色々な化粧道具があって、自分と母親じゃ女としてもこんなに差があるんだ、なんてぼんやりと考えてしまった。

「あんたはこれから色々学んでくんだから、少なくても今はそこまで律儀に気にしなくてもいいわよ、若いんだし」

 まるであたしの考えてることが手に取るように解っている様で、癪には触ったけど、それは同時に、ゆっくりいやって行けば良いと言ってくれている事も解ったから、その言葉だけを汲む。
 人に化粧をするって言うのに、お母さんはまるで手馴れた手つきであたしに化粧を施していく。
 ファンデーションを塗り、チーク、ライナー、シャドウを丁寧に引いて最後にリップ、グロスを引いた。
 改めて見る自分の顔は、自分の顔なんだけど、まるであたしの顔じゃないみたい。

 鏡を見てるあたしをよそに母さんはそのまま髪をいじり始める。
 短いからそのままでも十分と思ってたけど、こうやってお母さんが結ってくれるんだったらそっちの方が安心できる。
 前髪はいじらないで、バック部分にボリュームを出して、毛先を遊ばせてる。手際よくサッとやってしまう。

「はい、いっちょあがりっと。それじゃ、一生に一回の18歳の誕生日なんだから、思いっきり楽しんでらっしゃい」
「うん、ありがとうっ、お母さん。それじゃあ、行ってきます」



 駅前に着いたのは約束の時間の少し前だった。
 まだ朋也は来てないらしくて、あたしはその辺のベンチに腰を掛けた。
 周りを眺めてみると、早めに帰宅したと思しき父親が家族サービスで連れ立っている様子や、学校のクラスメイトと計画だててきてる連中、それにあたちたち同様、カップルの思い出作りに来ている連中とかが駅前を往来していた。
 カップルなんかを見ていると、自分もあんな風に見られてるのかなぁ〜なんて思っちゃって、こそばゆい気分になる。
 そんなことを考えて、駅前の風景を眺めているうちに時間と沢山の人が、あたしの前を過ぎていった。少しずつ、不安が積もる。

 まだ、こない。

 人の数が減っていく。

 まだ、こない。

 まばらにしか人は通らなくなった。

 まだ、こない。

 遠くで花火の音が聞こえてきた。

 まだ、こない。

 花火の音は、まだやまない。

 まだ、こない。

 だけど花火の音も聞こえてこなくなった。

 まだ、こない。

 遠くから人の声が聞こえてくる。

 まだ、こない。

 幸せそうな顔をして、みんな帰っていく。

 まだこない。

 後にはあたしだけが、ポツンと残された。

「……悪い」

 来た。

「遅いわよ」

 一言悪態をついたあたしに、朋也はひたすら、悪い。とだけ言って頭を下げる。
 その声には、謝罪の色と一緒に、どこか不安定を思わせる色があった。散々待たされてやっと着た朋也に積もりきった不安は怒りに形を変える。

「何があった聞く権利くらい、あたしにはあるわよね」
「ああ」
「じゃあ、聴かせて」
「出かける直前に、親父と顔を合わせちまったんだ。そしたら、気分が最悪になっちまって、こんな状態で杏に会いにいけないってくらいまで酷くなっちまった」
「それで?」
「春原んとこに逃げ込んで、気分を落ち着けさせたらこんな時間になっちまった。ホントにごめん」

 再び頭を下げた朋也を見て、あたしは

「ふざけんなーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!」

 ぶちキレた。

「折角の彼女の誕生日にそんなヘタレた理由で約束ぶっちぎってんじゃないわよっ!!」
「そ、そんなこと言ったって、こっちにはこっちの事情ってもんがるんだよっ!」
「知らないわよそんなことっ! あんたそーゆー大事なことひとつも教えてくれないじゃないっ!」
「言えるわけないだろっ!!」
「なんでよっ!?」
「それは……」

 言いよどんだのをいいことに朋也に詰め寄ったあたしに、朋也はますます言いよどんじゃったけど、あたしも朋也も目だけは逸らさなかった。
 朋也の目が、不安に満ちていくのが解った。

「怖いんだよ。……親父とのことがきっかけで俺が俺じゃなくなったり、お前に嫌われたりするのが……」
「あのねぇ、それくらいのことで、あたしがあんたを嫌うわけないでしょ?」

 呆れたように言うあたしに、今度は朋也が詰め寄ってきた。

「絶対そうだと言い切れるか?」
「言い切れるわよ」平然と言い返してやった。
「なんでっ!?」

 いつの間にやら立場が逆転しちゃったけど、詰め寄ってきた朋也の目はやっぱり不安の色でいっぱいだった。
 朋也を安心させるためって言うのと同様に、あたしの気持ちを確認する意味合いも含めて、あたしは口を開いた。

「ねぇ朋也、あんたが前にあたしに言ったこと、そのまま返すわよ」
「なんだよ?」
「あたしはね、別段あんたの表面的なもんに惚れたわけじゃないのよ?」
「んなこと解ってる」
「知ってるわよ。人の話、混ぜっ返さないの。だからね、あたしはあんたの、裏っ側にある不器用さとか単純さとか一途さとか馬鹿なところも全部ひっくるめて惚れてんの。だからね……」

 朋也の顔を包んで、あたしは胸元に引き寄せた。

「いまさら朋也のブッサイクなところ10や20見たくらいじゃ幻滅しないわよ」
「……プッ、ひっでぇ彼女だ」
「表面的なとこだけに惚れて裏っ側も見れない女よりか、ぜんぜんましでしょ?」
「そりゃそうだ」

 胸の中で苦笑を漏らしてる朋也の声に、さっきまでの不安の色が消えていた。
 あたしに、朋也の裏っ側の暗い部分を効く覚悟ができてることが伝わったのかしら?
 あたしの肩をつかんで、ゆっくりと離れると、朋也はゆっくりとあたしの後ろに回って体を抱きしめた。
 そして、家のことを語り始めた。

 物心つく前に母親を亡くしたこと、それから父親が飲んだくれになったこと、二人の間に喧嘩が絶えなかったこと、その喧嘩も、父親が原因で朋也が怪我をしてからはなくなってしまったこと、今では父親がすっかり他人になってしまったこと……

 ポツリポツリと語る朋也の声には色がなくて、ただ単にあった事実を語っているだけの口調だった。そうしないと朋也が自分を支えられないんだろうなって、勝手に予想した。
 でもそれで解った。朋也のお父さんと電話で話して感じた、あの時の妙な違和感。あれは家族に向ける物じゃなくて、他人に向ける声だったんだって。
 だけど、今の朋也の話の中にも、ひとつだけ引っかかることがあった。どうしてもそれが気になる

「ねぇ朋也」
「ん?」
「正直言って、あたしにはあんたの気持ちは解らない。うちはさ、家族しまいそろって仲がいいから」
「そりゃ嫌味か?」
「バーカ、そんなんじゃないわよ。客観的な事実よ」
「まぁ確かに、あの母ちゃんじゃ、喧嘩のしようもなさそうだしな。なんたってお前の母親だし」
「それ、嫌味?」
「客観的事実だ」

 ムスッとした顔を向けるあたしに、朋也は余裕な笑みを向けてきた。
 話すことを全部さっぱりと吐き出した所為か、あたしを抱きしめてる所為か、朋也の顔に余裕が見て取れた。後者だったらうれしいな。
 これくらいの口を利いてくれるほうが、朋也と話してるって感じがしてあたしも安心できる。
 腰の折れちゃった話を元に戻すために、単刀直入に朋也に聴く。

「あんたとお父さんの思い出って、本当にそれだけなの?」
「どういうことだ?」

 いぶかしげに聴いてきた朋也に、素直に感じた疑問をぶつける。

「そのまんまの意味よ。お父さんとだって、18年は一緒に暮らしてるんでしょ? その間にあった想い出は、そんな喧嘩した物ばっかりだった? って聴いてるの」
「そんなの……あるわけねぇだろ」
「そっか」
「なんだよ?」
「ん、ただね、あったらいいなぁ〜って思っただけよ。あんたにも、家族との……お父さんとの大切な思い出が」
「そんな状況じゃなかったって話を今したと思うんだが」
「ん〜、そうなんだけど、引っかかるのよね、なんか」
「なんかってなんだよ」
「解る訳ないでしょ。なんか、なんだから、なんかとしか言いようがないし。もしかしたらあたしが有って欲しかったって思っただけなのかもしれないし。ほら、ホントにちっちゃい頃とかにさ、物心がついて飲んだくれちゃったお父さんを見る前とか。そんな希望的観測よ」
「そりゃ、ご希望に添えなくて悪かったな」
「うん、残念」
「でも」

 朋也が首筋に顔をうずめてくる。それからそっと顔を耳元に近づけて「聴いてくれてアリガトな」とだけつぶやいた。
 足を踏み入れた朋也の裏っ側は怖かったけど、思った以上にすんなりと受け入れられた。
 覚悟を決められると、案外いろいろな事がこうやってすんなりと受け入れられるのかもしれない。
 勿論、それはあたし一人の力じゃなくて、色々な人があたしに力をくれて、それでできた物だったんだけどさ。

 うん。とだけ返事して朋也の方に顔を向ける。目が合うと、お互い唇を近づけて、そっと目を閉じた。
 朋也と目が合って、閉じるまでのほんの数秒、朋也の目の中にひとつの光景が見えた。



 それは小さな男の子とその父親らしき人が、お花畑を仲良く手をつないで歩く光景。



 その光景が、いつかの朋也の思い出か、いつかあたしたちに訪れる未来の一つの形だったらいいなぁって、目を閉じて唇に確かなぬくもりを感じながら思った。








おわり







---あとがき---
 「前」と言う意味の「PRE」で「過ぎた時間」と言う意味の「SENT」。
 二つの単語を繋げて「前と過ぎた時間を繋ぐ」と言う事で「現在」を表すんだそうです。
 面白い考え方だったのでパクってみました。こういう独特な考え方って大好きです。

 まるでSF小説のような中途半端さではありますが、お話はこれでおしまいです。
 勢いだけで始めてしまったので、下手に長々と続けるよりかは、これくらいで切り上げた方がいいと思うのですよ。
 長々と引っ張ったオチがこれかよっ!! とは我ながら思わんでもありませんが。
 ただ、朋也の家族問題に焦点を当てた場合、ここでこのまま解決してしまうのって、なんか違う気がするんですよね。
 もっとじっくりと時間をかけて、解決すべき物だと思うのですよ。それこそゲームと同様に朋也が父親という物になって始めて解決できるくらいの時間が、ね。
 だからこれはここで区切るのです。こっから先は、また別のお話……と言うことでひとつ。

 まぁなんか、リクエストがあった時にでも番外編みたいな形で作るのも面白いかもしれませんね。続くとしたらそんな形です。
 それでは、こんな尻切れトンボな終わり方をして本当に申し訳ないと思いますが、お付き合いありがとうございました。
 ここまでお付き合いいただいた方々、本編だけを読んでいただいた方々、すべての人に感謝をこめつつ。ではまた〜

 P.S.感想なんかをメールBBSにいただけると、嬉しいです。是非……おひとつ……

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