満月衛星。-ss-オレンジの匂い 満月衛星。 ss - オレンジの匂い

『オレンジの匂い』

 ガラガラガラガラ……

「へへぇ〜。と〜もやっ」
「なんだよ?」

 カートを引く音をBGMにして朋也の腕の温もりを感じながらもう何度目になるか解らないけど、あたしはまた朋也の名前を呼ぶ。
 朋也の方はと言えば、いい加減呼びかけに答えるのが億劫になってきたみたいだけれど、それでもちゃんと呼んだら答えてくれる。
 あたしにはそれだけで十分に嬉しい。

「へへぇ〜、なーんでもなーいっ。呼んでみただけよ」
「そーかよ」

 ガラガラガラガラ……
 本当は商店街の八百屋さんに行って野菜は選びたかったけど、今日はこういうシチュエーションでデートしたかった。
 だから、あたしは心で朋也ゴメン、と思いながら食材には ――出来るだけおいしそうなものを選んだけど―― 少しだけ、目を瞑って貰う事にした。
 代わりに愛情はいつもの1.5倍(当社比)よっ!!
 こういうなんでもない状況が、あたしと朋也が彼氏と彼女なんだって事を強く思わせてくれて、それがあたしには心地好くて、嬉しかった。

「へへぇ〜。と〜もやっ」
「なんだよ?」
「へへぇ〜、なーんでもなーいっ。呼んでみただけよ」
「……だぁかぁらぁっ、ようもねぇのに呼ぶなっつーの。これで何度目だよ?」
「知らないわよそんなこと、いちいち数えてるわけ無いでしょ。それに……」
「それに?」
「それに、朋也の名前を呼んで、あんたの声聴くだけで幸せな気分になれるのよ。」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ」
「あ、面白い顔。」
「…………た、頼む。呼ぶなとは言わないから、せめてもう少しTPOを考えて呼んでくれ。」

 面白い顔って言うところには突っ込まないのね。よっぽど恥ずかしいみたい。
 でもTPOを考えろって言っても……ねぇ?

「十分にTPO解って呼んでるじゃない。」
「どこがだよっ!!?」
「どこがって……そりゃ、学校帰り、スーパーによってあんたはカートを引いてて私はそのあんたの手にしがみついて今から食べるお昼の食材を選んでる。あ、そこの下の方のカボチャ取って」
「せめて腕を組んでると言え。……これでいいのか?」
「うん」

 カボチャをカートのかごに入ながらする会話ってのもちょっと間抜けよね。
 でも、冷蔵庫の中がスッカラカンだと胸を張って言う朋也が文句を言える立場じゃない。
 おまけに今晩も弁当屋で夕飯を済ませると言うんだから彼女としては黙ってられない。

 そんな訳で私は、土曜の授業が午前中で終わる事を利用して「お昼ご飯作ってあげるからスーパーで買い物するの付き合って」とスーパーで買い物をすると言うことに託けて、朋也と買い物デートにやってきたわけだ。
 こういうシチュエーション、朋也にとっては恥ずかしさの極地みたいで、無愛想な顔がいつも以上に不愛想になってる。あたしにとっては幸せの極致なんだけどね。だって……

「どっちも同じよ。ま、この状況を見れば誰だって新婚さんか?くらいな事は思うわよね。十分呼んでもいい状況じゃない?」

 新婚さん新婚さん新婚さん新婚さん(←セルフエコー)……なんか好い響きよね!?なんか好い響きよねっ!?キャーキャー!!
 バシバシバシバシバシバシ……

「いてぇいてぇいてぇいてぇ、いてぇからな、叩くな、んでもっておちつけな」
「あ、ゴメン」

 ついつい自分で言った言葉の響きに自分でテレちゃったじゃない。思わず勢いで隣にいた朋也をバシバシ叩いちゃったわよ。
 でもでも、新婚さんって好い響きよね、朋也が仕事から疲れて返ってきて、それをあたしが迎えるの。
 「あなた、ご飯にする、食事にする、それともあ・た・し?」とかなんとか言っちゃったりして言っちゃったりして言っちゃったりして!キャーキャーキャー!!!
 バシバシバシバシバシバシ……

「いてぇいてぇいてぇいてぇ、いてぇからな、わけわかんねぇからな、先ず叩くな、そしておちつけな」
「あ、ゴメンゴメン」

 なんだが無性に恥ずかしくなってきたわ。ああ、顔が火照る火照る。きっと自分の顔を見たら茹蛸になってるんだろうなぁ〜。うぅ〜ハズカシ。
 そんな茹蛸を見ながら朋也はハァ〜、とため息をつく。あ、蛸の巣物おかずに入れようっと。

「兎に角だ、頼むから、もうちょっと人目を気にしてくれな」
「気にしてどうすんのよ?」
「どうって……」
「あたしが、あんたを好きな気持ちってのは周囲の目なんかどーでもなくなるくらいに溢れちゃってるんだからね」
「いや、溢れちゃ不味いだろ」
「いいのよ、溢れた分もあんたが受け止めてくれるんだから」
「……おまえ今、物凄い恥ずかしいこと言ってるからな」
「へへぇ〜、好いのっ。幸せだから。」
「そうかよ」

 朋也の腕を引っ張り、海鮮コーナーで茹蛸を買うために向かう。
 それから蛸の素物に必要なきゅうりや大葉、玉葱を選びに野菜コーナーへ逆戻り。美味しそうな野菜を見繕って、かごの中に入れる。

 ちなみに、要領が悪いとかそういうツッコミは正しいけれど、受け付けない。だって、献立に加えようと思ったのが今し方だから。
 「何でさっきかごの中に入れなかったんだ?」と朋也も言ってきた。「蛸の巣物を作ろうって思ったのよ、今し方」素直に答えると、朋也は苦笑していた。
 そんな朋也の顔を見られるのも、やっぱり嬉しかった。

「……それにしても、何だって野菜選ぶのにそんな時間かけるんだ?そんなもん適当でいいだろ?」
「よくないっ」

 あたしは即答する。当たり前だ。

「朋也っ」
「ハイッ」

 あたしの剣幕に圧されたらしい朋也はビシッと背筋を伸ばして返事をする、よろしい。

「いい?料理って言うのはね、食材を選ぶところから始まってるのよ。いい加減に選ぶ食材で美味しい料理ができるわけないのよっ」
「そういうもんなのか?」
「当たり前でしょ。例えば、プレゼントで考えてみなさいよ。あんた、あたしになにかをプレゼントするとして、適当にその辺にあるものをあたしにプレゼントする?」
「するかよっ」

 朋也もこの問いには即答してくれた。
 仮に適当に選んだものだとしても、あたしはきっと朋也が選んでくれたものだったら、それで満足してしまう気がする。けれど、朋也はやっぱり否定してくれた。
 うんうん、そう言ってくれて彼女としては、嬉しいわよ。「でしょ?」と同意を求めて、あたしは続ける。

「ま、仮に適当なものを選んできた時には、それ相応の覚悟をしてもらうけどね」
「そりゃあ……手ぇ抜けねぇな」
「と、いうわけで、楽しみにしてるわよ?」
「そういう時期になったらな。で、何の話してたんだっけか?」
「料理の食材選びの話よ」
「ああそうだそうだ、そうだったな」

 ちょっと話が脱線しちゃったけど、ニュアンスはまぁ、そういうこと。

「それとおんなじよ。相手に喜んでもらいたい、そのためのプロセスの一つなのよ、食材選びも」
「なるほどな」

 どうやら納得したみたい。よしよし、これで朋也もこれからはおいしそうな食材を選んでくれそう。
 あ、そうだ。好いこと思いついた。

「そういうこと。で、岡崎朋也クン?」
「何だよ、急に改まって」
「ここであんたに試練を与えたいと思います」
「お、なんだなんだ、いきなりだな」
「今日のデザートはオレンジにしようと思います」
「は?」

 朋也ってば「試練」という単語と、その後に出てきた「デザートはオレンジ」という単語がうまく結びつかないみたい。
 キョトーンっで感じの顔をしながら、目をパチクリさせてる。

「と、言うわけで今からあたしが食後に食べるオレンジを選びなさい」
「……俺は食うな、と?」

 それはそれで面白そうだけど、何をトンチンカンなことを言ってるんだか、このニブチン彼氏は。
 思わず苦笑がもれてしまう。我ながら、よくこんな男を好きになったもんだわ。

「違うわよ。代わりにあんたが食べるオレンジはあたしが選んであげる。これでいいでしょ?」
「構わないけど、それだとカゴに突っ込んだり袋に突っ込んだりでどっちが選んだのか解らなくならないか?」
「ダイジョブよ、あんたが選んでくれたデザートをあたしが間違えるはず無いでしょ。だから……」

 そこまで出一度言葉を区切って、あたしは朋也と朋也が引いているカートから数歩だけ前に離れて、朋也の方へ振り返った。
 へへぇ〜、正面から朋也の顔を見るのって、やっぱりちょっとテレるわね。少しだけ、頬が赤くなるのが解る。朋也を観ていると、同じように頬が赤みを帯びてた。

「あんたもちゃんと、あたしを見つけてね?」
「お、おう。」

 朋也の顔がますます赤くなる。釣られて私の顔も赤くなる。
 お互いを見詰め合っていると、笑いがこみ上げてきた。それは朋也も同じだったらしくて、二人して「へへぇ」とか「ははは」とか言う笑い声が、二人の間に漏れた。
 しばらくそんなことをしていると、ふいに朋也が気付いたらしい。

「……って、ん?アレ?なんかちょっと違わねぇか、オイ?」
「ちっ、流石に気付いたようね。でも気にしないでよ。あたしの気持ちを伝えたかっただけなんだから。
 そんな訳で、先に相手の食べるオレンジを見つけた方が勝ちねっ!負けた方はここの支払いを持つことっ!よーい、どんっ!!」

 言い終わるが否や、あたしは思いっきり駆け出す。流石にあわ喰ったらしい朋也があわててる。

「待て待て待て待てっ!!そんな訳でってどんなわけだっ。って言うか支払い持ちって今決めただろっ!?」
「へっへ〜んだ、その通り。ほらほら、早くしないとどんどん差が開くわよぉ〜」
「ぐあっ……ずりぃぞおまえっ、待てっつーのっ」

 流石にその願いは聴いてあげられないわね。あたしは朋也の言葉をろくすっぽ聴かずにフルーツのあるコーナーに向かって朋也との距離を稼ぐ。
 後ろからガラガラとカートを引きながら追っかけてくる朋也の駆けてくる音が聴こえる。

 そんな、凄く幸せなデートをしながら、あたし達の時間は、ゆっくりと、過ぎていくのでした、まる。





おわり。


















---あとがき---
Amikaさんの「オレンジの匂い」という曲からタイトルはパクリました。
Amikaさんの曲は詩も曲も素敵なので大好きなのさっ!!

それにしても、これ、シリーズモノに出来そうな匂いがプンプンします。
って言うか、続くかも。中途半端なところで切っちゃったし……
まぁ、ちょっと頑張ってみます。いっぱいは頑張りません。

感想なんかをメールBBSにいただけると、嬉しく思いますよ。
どうか、おひとつ……

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