満月衛星。-文-my pray 後編 満月衛星。  - my pray 後編


『my pray 後編』

 結局そのまま夜も遅くなって家に帰って寝ようと思い、学生寮を出ようと扉を開きかけて、俺はそこでピタリと足を止めた。
 ……やっぱり、謝っておかないと……悪いよなぁ?
 そう思い足を美佐枝さんの部屋の方へと向ける。まだ起きてればいいけど。

 トントン

「はーい」

 ガチャリと部屋の戸が開いて、顔を出した美佐枝さんと目が合うと、その顔がボンッと言う音を立てて赤くなった。
 っていうか、多分俺も同じ様な音を立てて、顔を紅くしたんじゃないかと思う。
 そこはかとなくバツが悪かったが、悪いのは100%俺だ。俺から謝らなければ。

「あの、さ、美佐枝さん……」
「なに?」
「…………」
「…………」

 空気が重い。そんな空気の中意を決して謝ろうと気を吸いかけたところで、

「ああ〜、もうっ」

 と美佐枝さんが頭の中から何かを追っ払うように、ひとつ叫んだ。
 そして頭をワシワシと掻いて、ため息をひとつついた。

「はぁ……、岡崎」
「は、ハイ?」
「とりあえず、部屋入る?」
「あ? ああ」

 わけもわからないまま、俺は頷いてしまった。そのまま美佐枝さんに招かれる形で、部屋に入る。
 朝観た光景がフラッシュバックしてきて、また心臓が高鳴ってきた。バクバクバクバクと物凄い速さではっきり聴こえる心臓の音が鬱陶しい。
 えぇ〜い、うろたえるな心臓っ!いっそ止まっちまえっ!!

「はい、コーヒー」
「どもです」

 いつの間にか美佐枝さんがコーヒーを淹れてくれたらしく、それが俺の前に差し出される。
 俺の前で湯気を上げるコーヒー。そして正座して下を向く俺。前には何事もなさそうな表情でいる美佐枝さん。
 沈黙が怖い……。どうしよう?って、まずは謝るしかないよな

「あのさ」
「ごめんっ」

 二人の声が重なった。頭を下げて合掌を前に出していた俺は、思わず顔を上げる。
 一瞬、少しビックリした顔の美佐枝さんと目が合う。

「へっ?」
「へっ?」

 次の声は見事にハモってしまった。
 いや、なんて言うか、笑っちゃいけないのかもしれないけど……なんかおかしい。

「ははははは……」
「ははははは……」

 二人して声を出して笑ってしまった。ああー、間抜けだ。でもなんか和む。

「そういえばさ、明日って、創立者祭じゃん?」
「えっ?ああ、もうそんな時期なのね」
「うん、そ。つーか俺もクラスのヤツから教えてもらって始めて知ったんだけどさ」
「藤林って子?」
「そ」
「相変わらずねぇ」

 はぁ……とため息をつく美佐枝さん。でも別段それ自体を批難する様子は無い。
 美佐枝さんも、相変わらずだ。

「でさ美佐枝さん、明日の創立者祭、二人で楽しまない?」
「え……?」
「一般入場もOKだからさ、二人で楽しもうよ。」
「…………」

 和んだついでに身近なところでデートにでも誘ってみようかと考えたが、なぜか美佐枝さんは沈んでしまった。何か悪いことでも言ってしまっただろうか?
 そんな黙りこくってしまった美佐枝さんを心配するように、ててててて……と猫が座っている美佐枝さんの膝の上にちょこんと乗っかった。
 そして、心配そうに美佐枝さんを見てから、俺の方を見てきた。
 猫と目が合う。その瞬間、猫から声が聴こえた。正確には、猫から託された、思いが。

『創立者祭は、一般入場もOKだからさ……。二人で、楽しもうね』
『うん』

 刹那な時間に頭を掠めた、俺のものじゃない記憶。それが誰のものなのかは、すぐに解った。
 ああ、そうだったな。俺はそれをちゃんと伝えなきゃいけないんだよな。
 きっとそのタイミングが、今なんだろうな。……うん、確かに今なら、言えそうな気がする。

 俺は頭の中にある記憶を少しでもちゃんと思い出そうと、もう一度、今度は必死に汲み取ろうとした。
 前々から伝えようとしていたことに違いは無いけど、いざ伝えようとしてみると言葉に詰まる。
 上手くまとまらなかったけど、それでも俺は意を決して口を開いた。

「あのさ、美佐枝さん」
「……ん?」
「約束、してなかった?」
「あんたと?なんか約束したっけ?」
「いや、俺とじゃなくて」

 でもこれは、これだけは、ちゃんと伝えなければならない。それはこの猫が美佐枝さんに伝えて欲しいと俺に託した、思いだったから。
 深く、さらに深くに意識を潜り込ませると、不意に俺の記憶ではない何かが、俺の頭の中に流れ込んでくる。
 それは、誰かと誰かの会話だった。

『創立者祭は、一般入場もOKだからさ……。二人で、楽しもうね』
『うん』
『あたし、忙しくても仕事、抜けてきちゃうから』
『うん』

 あの日観た夢のかけらだ。美佐枝さんと志麻と呼ばれていた、この猫のの過ごした時間の。
 今なら、自然に伝えられる。

「創立者祭で、志麻さんって人と出るって言う、約束」
「え……?なんであんたがそんなこと知ってるの?」
「あの、さ。信じてもらえないかもしれないけど……教えてくれたんだ」
「誰が?」
「志麻さんが……って言うか志麻さんを演じていた、その猫が」
「どうやって?何のために?って言うかどういうこと?志麻くんを演じていた?この子が?」

 複雑っぽくなりそうだったから、俺はひとつひとつを丁寧に、絡まないように、順を追って紐を解いていく。

 本当の志麻賀津紀が光の玉を使って願いを猫に託したこと。
 その猫が志麻賀津紀になって、美佐枝さんと過ごしていたこと。
 そしてその猫が、本当に美佐枝さんが好きだって言うこと。
 そして、美佐枝さんの願いを叶える為に、叶え続ける為に、傍にいること。

 話し終わると、美佐枝さんはしばらくは信じられないといった風に驚いた様子で俺を見ていたが、俺の目を見て嘘を言ってないって事を信じてくれたのだろう。
 「そう……」とだけ呟いて、優しいまなざしを、膝の上で丸くなっている猫に向け、その背中を優しく撫でた。

「守って、くれてたんだ……約束」

 そういう美佐枝さんの目に涙が見えたけど、俺は何も言わなかった。

「本当……世話のかかる奴だわ」

 愛しそうに背中を撫でられている猫に、俺は少しだけ嫉妬して、美佐枝さんの隣に座り直した。

「はぁ……、もう一人、世話のかかる奴がいたか」
「ごろにゃん」
「こら、気色の悪い声を出すな」
「気色の悪いて……ひっでぇな」
「ひどくて結構。でも、ま……面倒見てやるわ」

 それだけ言うと美佐枝さんは俺の肩に頭を預けてくれた。

「よろしく、お願いします」

 俺はそれだけ言って、美佐枝さんが猫を撫でるのを眺めていた。




 それから大分時間が経ってしまった。日付はとっくに変わってしまい、創立者祭当日だった。
 あ、そうだ、と俺は思い出して、美佐枝さんの方を見る。

「美佐枝さん」
「なに?」

 いったん預けていた頭を放して、顔を俺の方に向ける。
 その仕草に思わずドキッとしてしまう。顔が紅くなったのが解った。

「創立者祭、やっぱり3人で楽しもうな」
「3人?」
「そ。俺と、美佐枝さんと、そいつの3人で」
「岡崎……」
「果たせなかった約束をさ、果たしてあげようよ、そいつとさ……」
「あんたってヤツは……」

 そういって美佐枝さんは目に涙をためた。ホントに……年上の、それも自分が好きな女の人を泣かせる趣味は無いはずなんだけどなぁ。
 おまけにハンカチでもあればカッコがついたかもしれないけど、生憎と持ってない。情けない……
 そんなことも手伝ってか、ちょっとだけバツが悪くなってついちゃらけてしまった。つくづく、情けない。

「その……さ、俺が一緒に居るけど、その辺は勘弁してくれな」
「そうね。でも……」

 美佐枝さんは自分で涙をぬぐって、言ってくれた。

「3人で楽しむのも、きっと楽しいわよ。ね?」

 同意を求められた猫は美佐枝さんの腕の中でゴロゴロ言いながら、まるで人の言葉がわかるように「にゃあ」と嬉しそうに鳴いた。
 そして、その時みせてくれた笑顔はとびっきりかわいい笑顔で、俺はこの人のそんな表情も、やっぱり愛しいな、などと思ってしまった。



『創立者祭は、一般入場もOKだからさ……。二人で、楽しもうね』
『うん』
『あたし、忙しくても仕事、抜けてきちゃうから』
『うん』
『ま、あたしがいなくても、ユキとサキは暇だから、相手してやってよ』
『うん』
『あいつら、ほんと、志麻くんのこと好きみたいだからさ』
『うん』
『あいつらだったら、あたし妬かないから』
『うん』
『他の子だったら、許さないけどね』
『うん』



 いつかの日を境に、御主人様は涙を見せなくなった。その日を境に、僕の不安も少しづつ薄れていった。
 かわりに幸せそうな笑顔を見せてくれるようになった。そしてぼくもその笑顔を見て、幸せな気分になる様になっていった。
 そんな幸せな気分の中、ぼくは静かに、眠りに落ちていった。

 御主人様、ぼくはここに居てもいいでしょうか?

 御主人様、ぼくはずっとここに居たいです。

 願わくば、ぼくはずっと、御主人様のそばに、居たいです。

 だって、ぼくは御主人様が好きだから。本当に、大好きだから。

 ねぇ御主人様、ぼくはきっと、ずっと、いつまでも……あなたが大好きです。








おわり







---あとがき---
 美佐枝女史って、書くのムッズカスィ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!猫ともども書くのが難しくって、四苦八苦四苦八苦したssです。
 っていうかこのSSの美佐枝女史は、果たして美佐枝女史になれているのか?猫は猫になれているのか?
 善処してみたんですけど……如何でしょう? 何気に彼女も、そのシナリオも好きです、私。

 ssというものを書いていて始めて、煮詰まって、放置して、それでも固執して、イメージして、書き上げました。おまけにタイトルも始めとは変わっちゃってるしね。
 たぶん今迄で一番、時間がかかった作品です。それだけに、愛着も湧けばいいなぁ〜と思います。

 ところで、己を清楚だと言い張った女子高生時代に、ドロップキックを既にかましていた彼女。
 この行動は清楚の概念に入るのか、はなはだ疑問です。

 知りたい人もいないと思いますが、一応。
 タイトルの「my pray」は「スクーデリア・エレクトロ」というバンドさんの曲から頂きました。
 「フラミンゴ」ってアルバムに入ってます。興味が有ったらどうぞ。

 まぁまぁ、兎にも角にも、ここまで読んでくださった皆様方に感謝の気持ちを込めつつ、今回はこの辺で。
 ではまた〜
 (05/04/20)

 P.S.感想なんかをメールBBSにいただけると、嬉しいです。是非……おひとつ……
    それから、何ぞリクエストでもあれば、教えて下さいましよ。可能な範囲内であればできる限り善処させていただきます。

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