満月衛星。
ss
- 朋也くんとメイドさん達 〜誕生、メイド会長編〜
「おーい、畜生ーーーーーーっ」
演劇部室を飛び出した俺は畜生ことボタンを探しに校舎を出て、桜の木が並ぶ坂を右に左に首を振って探すヤツの名を呼びまくった。
ドライヴシュートでかっ飛ばしたボタンは確かこちの方に飛んでった。……気がする。多分。
これでこのままヤツが見つからなかった日にゃ……ブルブルブルブル。やめた、考えるのは止そう。想像するだけで寿命が縮む。
「おーい、ボターン」
もっかい呼んでみる。そろそろ出てきて欲しいもんなんだが世の中上手く行かないもんだ。ふむん。
面倒くさくなってきたからそろそろ戻るとするか。さてさてさて、どー言い訳したもんか、そんなことを考えていると
「おい、岡崎」
声をかけられた。
『朋也くんとメイドさん達 〜誕生、メイド会長編〜』
「あれ、智代じゃん、どーしたこんなところで?」
「それはこっちの台詞だ。さっきから何かを呼んでいたようだが、何か捜し物か?」
「探し物っつーか回収しに来たっつーか拾いにきたっつーか……」
「歯切れが悪いな、……まさかいかがわしい物じゃあるまいな?」
訝しげに睨んでくる智代に
「いかがわしいモノでははない」
ときっぱりと返事をする。いかがわしいモノではない、これは本当だ。
ただ、校則をブチ破っている可能性のあるものではあるけどな。何せナマモノ。しかもイノシシの子供。
心の中で呟いて言い訳したことにしておく。
「そうか」と呟いた智代はニッコリとした人のいい笑顔を俺に向けていった。「手伝うか?」
「いや、いい」
丁重に断る。当たり前だ。イノシシの子供を見つけてくれ、なんて頼もうもんならこいつのことだ、絶対にややっこしいことになる。
そう思いながら改めて智代を見ると、何かを抱えてる。ちょうどラグビーボールくらいの大きさの茶色い何かだ。
…………ヤな予感がする。
それ以外なんも感じない。俺は恐る恐る、智代に尋ねた。
「あの、さ。智代?」
「なんだ?」
「おまえが今抱えてるそれは、いったいなんだ?」
「ああ、これか?」そういって抱えていた物体を俺の前に出して嬉しそうに笑った。「さっき拾ったんだ、可愛いだろ?」
新たしい人形を買ってもらった女の子が自慢するような、そんなかわいらしい仕草で俺に見せたそれは、まごうことなくボタンだった。
俺に蹴っ飛ばされてまだ意識が戻っていないらしいボタンは目を回しながら相変わらずメイド服に身を包んでいる。
「岡崎、大丈夫か?」
「あ、ああ。大丈夫だ」
ちょっと目眩がしただけだ。それにしても最近はよくよくイヤな予感が当たるな。嬉しくないぞ。
さて、今はまだ気を失っているから良いようなものを、目を覚まされたら厄介だ。さっさと回収して持って帰ろう。
心配そうに眺めてる智代には悪いが、こちらも背に腹は代えられない状況だ。勘弁してもらおう。
「智代」
「なんだ? 保健室についていってやろうか?」
「いや、心配してくれるのは嬉しいんだが、そうじゃなくてだな……」
「ではなんだ?」
「ああ〜っとぉ……それ、俺のダチのなんだわ。ちょっとそいつが手を離せない状況で、俺が代わりに探してたんだ」
「そうだったのか」
少し残念そうな表情で俺にボタンを渡す智代。
「サンキューな」と感謝を伝えるが、感謝と同時にちょっと罪悪感を覚える。
「ま、今度こいつ借りてきてやるからさ、そん時にでも可愛がってやってくれよ」
「いいのか?」
「勿論」
途端に嬉しそうな表情をする智代に、思わず苦笑が漏れてしまう。
「お、岡崎!?」
「? どーした?」
「これは……少し恥ずかしいぞ」
頬を赤らめながらいう智代を見て、そのとき始めて気がついた。
いつのまにやら智代の頭に手を乗せていてしまったらしい。あわてて智代に乗せていた手をどけるて謝る。
「ああ、わるいわるい」
「でも、今のは女の子扱いしてくれているみたいで、少し嬉しかったぞ」
相変わらず頬は赤かったがニッコリと笑う智代を見て、やっぱりこいつも年下の女の子なんだなぁ、と思ってしまう。
「そか。何ならまた今度やってやろうか?」
「何もしてないのに撫でられるのは、わざとらしいだろ」
「それもそうか。そんなら、撫でて欲しくなったら来いよ、そのときはちゃんと撫でてやるからさ」
「うんっ。楽しみにしてるぞ」
はじけるような飛びっきりの笑顔で答える智代。
まぁ俺なんかでもなにやら役に立てるようなことが有ってよかった。
ああ、ヤベ、あんまりのんびりしてっと、杏にまたどやされっぞ。辞書投げを喰らうのは勘弁こうむりたい。
さっさと戻るとしよう。
「さて、と。あんまりぼやぼやしてるわけにもいかないから、俺戻るな」
「そうか。それじゃあ私も、戻るとしよう」
「ん。じゃあ、またな」
「ああ」
そういって足を校舎のほうに戻す、俺と智代。……俺と、智代?
「……なんで着いて来るんだ?」
「私も校舎に戻るんだから当然だろ?」
「……そりゃそうか」
憮然とした態度でいってくる智代に、俺はそう返すしかなかった。
トコトコと歩いて校舎まで智代と一緒に戻った。
ところがどっこい、
「智代」
「なんだ?」
校舎に戻ってからも、何故か智代が付いてきた。
「なぜ付いてくるんだ?」
「たまたまだ、気にするな」
ニッコリと言われてしまった。
そうか、たまたまか……
トコトコトコトコ
「智代、おまえはどこに行こうとしてるんだ?」
「たまたまおまえと向かってるところが一緒なだけだ。気にするな」
「そうか……」
トコトコトコトコトコトコトコトコ
「智代、どこまで付いてくるつもりだ?」
「たまたま一緒なだけだ、気にするな」
「……そうか」
トコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコ
「智代」
「気にするな」
「そうか……って、気になるわぁーーーーーーっ!!」
トコトコトコトコいう音に、耐えられなくなった、俺が。
トコトコトコトコ五月蝿いんじゃいっ。っていうかなんだよトコトコトコトコってよぉっ。
「五月蝿い、廊下で騒ぐな」
べしっ
トコトコって音と後から着いてくる智代に、うがーっと叫んでいたら、問答無用でチョップを喰らわされた。
「スンマセン」思わず謝ってしまった。いやちょっと待て。「って、なんで俺が謝らなきゃならんっ」
「お前が廊下で五月蝿くするからだろ」
「そーゆー問題じゃあない。」
ピッと俺に指を刺して、さも俺が悪いといわんばかりの智代だったが、俺が言いたいのはそーゆーことじゃなくてだな
「そもそも、おまえはどこまで俺についてくるつもりなんだよ?」
「私がどこに行こうと私の勝手だろう?」と智代。「だから、気にするな」
「いい加減気になるわっ」
「迷惑……か?」
途端に悲しそうな顔をする智代。だから、そんな顔をするなっつーの。
まるで俺が悪いことしてるみたいな気になるじゃないかっ。
「迷惑じゃないが……」
「だったら、気にするな。今日はたまたま時間ができたから、お前と過ごそうと思っただけだ」
「ああ、そーだったの。だったら始めっからそー言え……え?」
思わず納得しちまいそうになったが、納得したらしたで厄介だ。
なにせこれから俺が行く先は演劇部室。そしてそこにはメイドさんな格好をした女生徒が四人。しかもそこでの俺の呼称はご主人様。
……うわぁ、バレたらなに言われっかわっかんねぇよ。
だがこいつの性格のことだ、素直に言ったら言ったで厄介だし、下手な嘘をつくともっと厄介だ。
マイルドに断ろうにもこいつの意思は俺とともに遊ぶ、ということにあるからどー考えても無理だ。
「何か考え事か?」
「いや、どこに行こうかなぁと今更ながらに考えてみただけだ」
「その人形を持ち主に返すんじゃなかったのか?」
「……その通りだ」
……どーしよう? まぁ、こーなったらしゃーない。行くだけ行って、後は流れに身を任せることにしよう。ここまで来たら俺にはどーすることもできん。
観念してほてほてと歩き出すと、その横を智代がやっぱりトコトコとついてきた。
「それにしても、岡崎はちょっと観ないあいだに変わったな」
「そうか?」
「うん、やわらかくなった」
「なんだそりゃ?」
「前あった時とかはもっとトゲトゲしい感じがした。今は……そうだな、トゲトゲが穏やかな毛並みになったっていう感じだな」
「ますますもって分からんな」
「それなら、まるくなったといえば分かるか?」
「まるく、なった……か」
それは前にも感じていたことだった。ことみと触れ合うようになって、杏たちと連れ合うようになって、ギスギスしたものがなくなった。
傍で観ていてもそれは分かるほどなんだろうな、なんかこっぱずかしいぞ。
「好きな人でもいるのか?」
「まぁ、彼女はできたわな。俺には勿体無いくらいの」
「そう……か」残念そうに呟く智代。「もしかしてこれから行くのはその彼女のところなのか?」
「彼女もいるところ、だな、より正確には」
「どういうことだ?」
「入れば分かる」
そうこう話してるうちに演劇部室に着いた。中からはキャッキャキャッキャ言う黄色い話し声が聴こえる。
気が重い。はぁ〜……、とりあえずため息をついて、覚悟を決めると、俺はなるたけ冷静を装って、中に入った。
ついでにできる限り、これから起きるであろう大惨事を予想しないようにして。
ガラガラー、と戸を開けると、四人が四人とも笑顔で出迎えてくれた。
後ろじゃメイド服着てる生徒四人を見た智代がピキッて音を立てて固まってる。まぁそりゃそうだろうな。
「ボタン、見つけたぞー」
そういってボタンを杏に返す。
「あ、ご主人様、お帰りなさいませなの」
「ご苦労様、ご主人様。好かったわねぇ〜、寿命が延びて」
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「お帰りなさいませご主人様、ボタン、大丈夫でした?」
杏に渡したボタンを藤林が心配そうに覗き込んでいる。
それにつられるように古河やことみも心配そうに杏のもとに寄ってボタンを眺めている。
「まぁ、大丈夫だと思うぞ。まだ目ぇ回してるみたいだけど」
「あんたねぇ、うちのボタンを乱暴に扱わないでよねっ」
「その言葉、そっくりそのまま熨斗つけておまえに返してやる。自分チのペットだったらもっと丁寧に扱え」
「扱ってるわよっ」
「そういえばご主人様」とことみ。「ボタンちゃんはどこにいたの?」
「ああそうそう、こいつが見つけてくれたんだ」
智代を指差すと、四人ともそこで始めて気付いたらしい新たなる客に
「はじめまして、3年A組の、一ノ瀬ことみです。趣味は読書です。もしよかったら、お友達になってくれるとうれしいです」
「はじめまして、3年B組の、古河渚です。趣味は演劇です。もしよかったら、お友達になってくれるとうれしいです」
「はじめまして、3年E組の、藤林椋です。趣味は占いです。もしよかったらお友達になってくれるとうれしいです」
「はじめまして、3年D組の、藤林杏です。趣味はご主人様いびりです。もしよかったらお友達になってくれるとうれしいです」
四人がいっせいに智代に向かってことみ式挨拶してペコリとお辞儀をした。最後のメイド長の自己紹介は、聞かなかったことにする。なんちゅー趣味だ。
しかしそれにしても、さすがだボケ専少女帯。逢って秒でボケ時空に相手を引きずりこむとは……。
まぁ、これに乗っからない手はないから、どーリアクションしていいか解らなくなってる智代に(そりゃそーだろうな)ボケ時空に飲み込まれてもらうことにする。
「ほら、四人とも挨拶してくれてるぜ?」
「ああ、そうだな」それだけ言ってピンと姿勢と正す智代。「はじめまして、2年B組、坂上智代だ。趣味は……そうだな、今は生徒会の仕事だな。こちらこそよろしく頼む」
「ああっ、どっかで聞き覚えがある名前だと思ったら、あんた生徒会長じゃないっ」
「ああ、そうだが?」
「お姉ちゃん気付かなかったの?」と藤林が不思議そうに聴いた。「委員会にはいつもいるよ。坂上さん。ダメだよおねぇちゃん、委員会のお仕事サボっちゃ」
「いいでしょ、最近はこっちの仕事の方が忙しいんだから」
いや、むしろここの仕事の方がないに等しいからな。
藤林姉妹が仲むつまじく言い争ってるのとは別に古河とことみは感動したように口を開けて智代を賞賛してる。
「坂上さん、生徒会長さんをやってらっしゃるなんて凄いです」
「智代ちゃん、凄いの」
ここまでストレートに褒められることは今までになかったのだろう。智代は戸惑いながらありがとう、と返事した。
それにしても、やっぱり呼び方は智代ちゃんか。元伝説の少女も、ことみにかかるとちゃん付けで可愛く変身だな。
智代のほうもちゃん付けなんて言うかわいらしい呼ばれ方が気に入ったのだろう、一向に気にした様子がない。むしろうれしそうだった。
「そうそう、ボタン見つけてくれてアリガトね。何にもないけど、ゆっくりしてって」
「すまないな」
相変わらず如才ない対応で紅茶を出す杏。そのまま全員に紅茶を入れて回った。
サンキューと礼を言うと、ついでよ、ついで。と言った。
………………
…………
……
「それじゃあ古河は演劇部再建のために、こうして活動をしているのか」
「ハイ。岡崎さんたちはそれを手伝ってくれているんです」
「そうか、かなうといいな……」
「ハイッ」
うれしそうに答える古河を見て、智代もほんわかとしてる。智代の呼び方も、いつの間にか智代ちゃんで定着した。
結局あれから、智代はボケ時空に引き摺りこまれていろいろツッコむタイミングを失ったまま、いつもの演劇部の活動よろしくのんびりとしている。
ところが、
「それにしてもお前たち、随分と変わった格好をしてるな」
智代はいきなり核心を突いてきやがった。やばっ、俺もいつの間にやらのんびりに引き摺りこまれていたことに今更気がついた。
「メイド服なの、フリルがいっぱい付いててかわいいの」とことみ。
「確かに可愛いな」
「智代ちゃんも着てみますか?」
と藤林が何気ない提案をすると、
「わぁ、智代ちゃんきっと似合いますっ」と古河。
「智代ちゃんもおそろいなの」ニッコリと笑顔を向けることみ。
「みんなでメイドさんですね」と藤林。
「智代ちゃんも仲間入りなの」
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとうなの」
わぁーっ、パチパチ……
……っは、イカンイカン、ぼーっとしてしまった。
しかし相変わらず凄まじいペースでボケ倒して物事を明後日の方向に進めていくな、こいつら。
智代も展開についていけずに三人に引っ張り回されて着替えの準備をさせられてる。……ご愁傷様。
心の中で手を合わせて俺は教室を出た。着替えシーンを覗くわけにゃいかないからな。覗いたとしても杏の辞書が飛んできてそれどころじゃなくなるだろうし。
隣の教室に入ってボケェ〜ッと過ごすこと数分。ドアが開けられて杏が入ってきた。
「ご主人様、智代、着替え終わったわよ」
「ごくろーさん。しかしあれよあれよと言う間だったな」
「まぁ、生徒会長とコネができるってんだったら、いいことでしょ」
「おまホントそーゆーこと考えさすと要領いいな」
「アリガト」
別に褒めてるわけじゃないんだがな……ま、いっか。
部室のドアをたたく
「ど、どうぞ」という智代の固い声を聴いて、俺は中に入った。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
笑顔も硬いが、メイド服自体はよく似合ってた。こいつもどうやらスタイルがいいらしくて、スラッと着こなしている。
杏辺りがセクハラでもしたんだろうことは容易に予想が付いた。
「似合わない……か?」
「いや、よく似合ってる」
隣でことみと古河と藤林が俺に同調するように首を縦に振っている。
それを観た智代が、ようやっと肩の力が抜けたらしく、ほっと一息ついていた。
「そうか、よかった。今度生徒会のやつらにも見せてみよう」
「いや、それはやめてくれ」
「なんでだ?」
いや、そんな不思議そうな顔をするな。
「仮にも生徒の代表がそんなカッコで校内うろちょろしてたら、他の生徒に示しが付かないだろうが」
「……それもそうか」
「それに、衣装は一応演劇部のものだからな。あんまり他のところに持ち出すのはよくない」
「それもそうだな、すまない、私の勝手な考えだった。……残念だ」
「また着たくなったら来ればいいさ」
「解った、そうしよう、その時はまたおまえをご主人様と呼ぶとしよう」
うれしそうにそういった智代に、俺は苦笑して
「ああ、楽しみにしてる」
と答えるしかなかった。
「智代ちゃんも、メイドさんなの」とことみ。
「一緒にがんばりましょう」と古河。
「無理しないでくださいね」と藤林。
「生徒会の方には黙っておいてね」と杏。
まぁ、四人とも素直に智代がメイドさんになることを喜んでいるようだから、良かったと思うべきなんだろうな。
……あれ? なんか色々ちがくねぇか?
おわり
---あとがき---
気が付きゃ一ヶ月以上あいちゃった。ごめん。
まぁ、がんばってるよ。がんばるよ。
(05/12/01)
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