満月衛星。
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SS
- Long Distance Call
『Long Distance Call』
目的のおじいちゃんの家について、一日が経過した。
……朋也パワーが足りない。
むぅー、まさか一日で朋也パワーが切れるなんて、思ってもみなかったわ。なんて燃費の悪いパワーなのかしらね?今度文句言ってやろ。
そんなことを一人ゴチに思いながら、あたしは父の実家の縁側でパタパタと内輪を仰ぎながら風鈴の音を聴いていた。
お祖父さんのお墓参りも終わったし、あたしとしてはさっさと帰りたいところなんだけど、久しぶりに集まった親戚衆に向かってそんなことはいえない。
なんと言っても久々に逢ったと言うことと、あたしが(椋もいるから正確にはあたし達は)女の子だからと言う理由でお小遣いまで貰ってしまった。
なんていうか……早く帰る理由を潰された気がするわ。
その親戚衆はと言えば、今はあたし達を置いて温泉につかりに行ってる。
なにが悲しくてこのクソ暑い日に温泉につかりに行かなきゃならないのかと理解に苦しんだけど、大人達はそんなあたしをよそに嬉々としていた。
流石にその空気をぶち壊すわけにも行かなかったから、あたしはボタンの面倒を見るという名目で、椋は晩御飯の準備をするという名目で、それぞれ家に置いて行ってもらうことにした。
あ〜……それにしても熱い。
うちわを仰ぐのにもいいかげん疲れてきたあたしは、うちわを放り投げてぐてぇ〜っとその場に倒れこんだ。暑さの所為でまるでスライムみたいに溶けていきそう。
ちなみに横じゃ既にボタンがスライムになってる。うーん、グロテスク。あたしはともかく、ボタンはそろそろ不味い。水風呂にでも入れてあげないと……
床板も熱をもって余計に熱いし。下手に寝っ転がるもんじゃないわね。
「お姉ちゃん、麦茶飲む?」
「ナイスタイミングよ椋〜。流石あたしの妹ね……」
この暑さと燃費の悪いエネルギー切れのおかげで、いまいちシャキッとできない。
ぐでぇ〜っとしたまま、あたしは麦茶の入ったコップに手を伸ばす。嗚呼……しっかりとストローまで付いてる。うぅ……椋、あんたホンマええ娘やわぁ。
感涙に咽びつつ、ありがたく麦茶を飲む。ああ〜、美味しい。
「ぷっはぁ〜。生き返るわぁ〜っ」
「お姉ちゃん、お父さんみたいだよ?」
「げ、マジ?それはちょっと勘弁したいわね。ほーら、ボタン、おいでおいでー」
苦笑しながら漏らした椋の言葉にちょっとした危機感を感じる。気をつけよう。
そう心に決めたあたしは、いったんちゃんと座りなおして、ボタンを膝元に乗せる。ボタンってば、そばに椋がいるのに相変わらずぐったりしてる。
「ほらボタン、麦茶よ」
「ぷ〜ひぃ〜……ぷひー」
少しづつ飲ませていくと、ボタンは少しづつだけど、さっきよりは全然元気を取り戻した。
ある程度飲ませるてあげると、後は自分でぐびぐびと飲んでいき、仕舞いにはお代わりまで要求をしてきた。うんうん、元気になるのはいいことよ。
あたしは自分のコップにあった麦茶の残りをコップに氷だけ残してボタンが飲んでいた容器に移す。「ぷひー」とボタンは喜んで飲んでいた。
体力に余裕がでてきたらしいボタンは、そばに居るあたしともう一人に気付いて、いつもどおり震え上がった。そのままあたしにしがみつく。
「ぷ、ぷひー」
「ボタン、いいかげんに椋見て震えるのやめなさい」
「ぷひぷひ」
呆れたようにあたしが言うと、ボタンは何か批難めかしい声をあげているが、それは意には介さない。
「ボタン、この麦茶だって入れてくれたの椋なのよ?」
「ぷひー?」
「うそついてどうするのよ、ねぇ、椋?」
「う、うん、そうだけど。でも、気にしなくて良いよ。」
「だーめ。好き嫌いはこの際置いておいてあげるけど、それ以前にすることが有るでしょ?」
「ぷひ?」
「ほら、ボタン。誰かに何かしてもらった時に、言う台詞があるでしょ?」
「ぷひっ。ぷひーぷひー」
「よくできました。椋、ボタンがありがとうだって」
少し、渋った様子ではあったけど、ボタンが確かにありがとうと言ったことがあたしには解った。
多分解りづらかったであろうそれを、椋に伝える。椋の方は少し戸惑った風だったけど、あたしを立ててくれたのか、ボタンの多少の気持ちが通じたのか、自分に懐かないボタンがお礼を言ったのが珍しかったのか、少し戸惑った様子で
「ええーっとー……どういたしまして?」 と言ってくれた。
「ん、あたしも。ありがとねっ、椋。」
「うん、どういたしまして」
あたしもそうお礼を言うと、ボタンを抱えてすっくと立ち上がって、
「それじゃああたし、ボタンを水風呂に入れてきちゃうわ。いいかげんこの暑さだし」
「そうだね」
「それじゃボタン、いこっ」
「ぷひー」
暑さに参ったボタンをつれて水風呂に入れた。はしゃぐボタンは本当に嬉しそうで、見ているあたしも嬉しい気分になる。そんでもってやっぱり、こういうボタンも、かぁいいのよねぇ。
それからついでに、あたしも頭っから冷たい水を被る。髪が長かった時だったら後々がめんどくさいことになるからやらなかった行為。少しだけ、髪が短くなったことに感謝する。
熱を持った頭を一気に冷やしてくれる。茹って伸びていた頭が絞まって行くのが手に取るように解る。
でも、やっぱり髪、早く伸びないかな……
お風呂場に居た時は少し冷たすぎるかな?とも思ったけど、風呂場から出ると、それぐらいが丁度よかったんだと気付く。
暑すぎる太陽の日を多少の水を吸った髪がやわらげてくれる。縁側に出てボタンの体を拭きながら、あたしはそれを実感した。
ま、すぐに乾いちゃうでしょうけど、その場を少し凌ぐくらいにはなったから、いいかな?
ボタンがまたグロテスクにならないようにと、あたしは少し大きめの桶に水を張って、縁側に置いた。簡易プールみたいなものにでもなればいいけど……
「ボタン、つらくなったらこの中で涼んでてね」
「ぷひっ」
「よしよし、でも、この中ではしゃいじゃダメよ」
「ぷひ?」
「この中で暴れると、周りに水が飛び散っちゃうでしょ?」
「ぷひー」
「そんな残念がらないの。また明日にでも水風呂に入れてあげるから、そこではしゃいでちょうだい」
「ぷひー、ぷひー」
「はいはい、約束、約束」
そういいながらボタンを撫でたあたしが椋の所へと向かおうとしたところで、いきなり電話が鳴った。
あたしの心臓がひときわ大きな音を立てる。来た来た来た来た――――――ッ!「はいはーい」と言って、自分が出ることを椋に意思表示。
いつもは五月蝿いと感じる電話の音も、今は幸せを運んでくれる音のように感じる。電話の前で、ひとつ深呼吸をして、受話器をとった。
「ハイ、藤林です。」
『もしもし、あなたの愛しい朋也くんでっす』
「……お母さん、何の冗談だか教えてくれないかしらね?」
ヒクヒク、とこめかみの血管が今にも切れそうな音を立てる。
『あら?面白くなかった?』
「面白いわけあるかぁーーーっ!!」
期待していた相手を大きく裏切り、受話器から聴こえたのは同じ聴きなれた声でも身内の声、すなわち、お母さんからだった。
おのれ母親、手紙の一番最後にここの番号を記したことの意味までバッチリと理解したらしい。あたしをいじるネタにしてくれちゃっている。
これ以上取り乱すと、相手の思う壺にはまる事は、非を見るよりも明らかだったから、とりあえずあたしはもう一回深呼吸して、落ち着きを取り戻す。
「で、何のよう?」
『連れないわねぇ。もう少しお母さんの茶目っ気に付き合ってくれても良いじゃない?』
「切るわよ?」
『いやん、杏ってば冷たいんだ。それじゃあまぁ、切る前に二つだけ』
「ん?」
『大体7時半ごろに戻るわ。それから、晩ご飯はエビフライと杏ちゃん特性トンカツがいいなっ、と』
「はぁ〜、分かったわよ。材料は冷蔵庫の中にあるの?」
『さぁ?なかったら立て替えておいて。今ならまだおじいちゃん達から貰ったお小遣いがあるでしょ?』
「りょーかい。とりあえず他にも2、3品足しておくわよ?」
『そうしてちょうだい、楽しみにしてるわ』
「はいはい。分かったから、帰ってくる時は気をつけて帰ってきてね」
『分かってるわよ。それじゃ、また後で』
それだけ言うと、お母さんのほうからさっさと電話は切れた。ツー、ツーと言う音を確認するだけして、あたしは受話器を元に戻した。
なんていうか……疲れる母親よね。はぁ〜、とため息をつきながらそんなことを考えつつ、椋のいるリビングへと向かう。
リビングに入ると、他の部屋に比べて風通しがいいせいか妙に涼しくて、椋は快適そうに料理雑誌を片手に麦茶をすすっていた。
あたしも縁側なんかにいないで、素直にここにいればよかったかしらね?縁側も十分に風通しが良いと思うんだけど。うーん。
「電話、お母さんから?」
「そ、帰宅時間の報告と、晩ご飯のリクエストだったわ。」
「リクエスト?」
「エビフライとトンカツを入れておいてだって」
「クスクス、お姉ちゃんが料理上手なこと、おじいちゃん達に自慢したいんだね」
「そういうもんかしらね?」
「そういうもんだよ」
「それだったら、今年からは椋だって凄いってとこを皆に教えちゃいましょ」
あたしはウインクを椋に飛ばして言った。母親の娘自慢に関して言えば、あたしにはどうでもいいことだったけど、あたしだけじゃないってことを皆には教えてあげたかった。
娘自慢ならぬ妹自慢なら、あたしは大いにしたかった。ふふん、みてなさいよ、みなの衆。
そうと決まれば話は早い。善は急げと言うものよ。「えっ、あっ、ちょっと、お姉ちゃん?」とか何とかうろたえている椋を尻目に、あたしは冷蔵庫と調味料のある棚をチェックして、足りないものを確認する。
手早く済ませるとボタンに番犬ならぬ番猪を頼んで、椋と買い物に出かけた。
その日の夕食は、大成功っ!って感じの夕食になった。
思いのほか豪華になっちゃったことも含めて、そのほとんどを椋が作ったと言う事実を知った時の、皆の驚きようと言ったら……
流石にお父さんお母さんは驚かなかったけど、去年まで椋が台所にたったところを見たことがなかった皆は、大いに驚いていた。
人が驚く表情ってのは、いつ見ても楽しい。またなにかドッキリでも仕掛けられれば、やってみよっと。
そんな食後のお茶をすすっていると、また電話がなった。
今度こそっ!!と願いを込めつつ電話に向かって奪取をすると、電話が鳴り止んだ。そして聴こえてきたのは 「ハイもしもし、藤林でございます」
……お母さんの声だった。
何やら聴こえてくるお母さんの声はご近所さんと井戸端会議でもするかのようなトーンで、「あらそうなのー」やれ「岡崎くんも大変ねぇ〜」とか言う声が聴こえてきた。
ン?岡崎?
って朋也じゃないっ!!
バタバタバタバタッ!!
大急ぎで電話のそばまで駆けて行くと、お母さんはさも残念そうに「あーあ、杏が来ちゃったわ。ハイ。今度こそ、本当に愛しの岡崎くんから」と言って受話器をあたしに手渡した。
さ、さ、さ、殺意が湧いてきたわ。
『おーい、杏。聴こえてるかぁ〜。もしもーし』
朋也の声が受話器から聴こえてきて、あたしは我に帰った。気を取り直して受話器を耳に当てる。
「えっ、ああ、ゴメン。どう、朋也、元気してた?」
『んー、元気にゃ元気だが、エネルギーは切れたな。お前は?』
「あたしもよ。そうだっ、あんたのエネルギー燃費悪すぎるのよっ!もっとエコロジーかつ燃費良くなりなさいよねっ!!」
『お前も人のこと言えねぇからな』
「あんたの場合は使い方が悪いのよ」
『ほっほ〜ん、言ってくれんねぇ。自慢じゃねぇが俺は今日一日、ほとんど春原の部屋だったからな。これ以上ないってほどにエネルギーを大切に使ってたっつーの』
「あんた……ホントにそれ自慢になってないわよね」
『うるせーやいっ』
何気ない会話だけど、それだけのことであたしは自分が元気になって行くのを感じる。我ながら現金なものだ。
でも、次に朋也の口から出た『そう言えば、椋の方も元気にしてるか?』と言う言葉を聴いて、あたしは、自分の心が荒んだのが分かった。
なんだかんだ言って、朋也は椋にも気をかけている。そのことがあたしには……ストレートに言うといやだった。
あ、なんか今あたし、凄く嫌な女だ……
「うん、元気……してるよ」
『杏?どうした?急に元気なくしちまって』
「あの、さ。電話……椋に変わった方がいい?」
『はぁ?なに言ってんだか。俺は、お前と話がしたくて電話したんだぞ?それを、なにが悲しくて椋と電話しなきゃならないんだか』
「それは椋と電話でなんか話したくないってこと?」
なんだかトンチンカンな事を言ってる気がしてきたわ。って言うかあたしの言ってる台詞、支離滅裂。
そんなあたしの台詞の中に拗ねを感じたんみたい。実際それは外れていないけど、朋也はケタケタと笑いだした。
あたしは「なによ。笑うことないじゃない」なんていって、ますます拗ねて見せたけど、実際はもっと笑って欲しかった。
あたしの嫌な女の部分を、朋也に笑い飛ばして欲しかった。
『そういう問題じゃねぇよ。確かに椋は大切だけどさ、それは飽くまで友達として、だ。それ以上にはならねぇよ』
「ホント?」
『嘘ついてどうするよ?』
「そうだけど、でも……ねぇ、言葉で言って?」
『……マジで?』
「言って?」
『言わなきゃダメッスか?』
「ダメ。……ねぇ、お願い」
朋也の言葉のおかげで、大分安心できた気がしたけど、まだ不安が残る。だから、精一杯の願いを込めて朋也にお願いした。
そんなあたしの思いが通じたみたいだけど、どうやら朋也は恥ずかしいみたい。電話の向こうで朋也が複雑な顔をして紅くなっていくのが、なんとなく分かる。
『……』
「えっ?」
『……きだぞ」
「聴こえな〜い」
『ああーーーーっ、もうっ!杏ーーーーっ、好きだぞーーーーーーー!!』
「うるさいっ!」
もぉ〜自棄だと言わんばかりに朋也が叫んだ。そのあまりのボリュームの大きさに、あたしは思わず叫び返してしまった。
『うるさいってなんだよ、言えっつったのはそっちだろ!?』
「それにしたって限度ってもんがあるでしょうがっ」
『しょうがねぇだろ、電話ごしだとまた恥ずかしいんだよ」
「いいかげん慣れなさいよね」
『慣れるかこんなもんっ』
「でも、……へへぇ〜」
『な、なんだよ?』
「朋也、ありがとう」
『……おうよ』
「あたしも、大好きだかんね」
『応っ。それじゃあそろそろ電話切るな。ちょっと大声で叫びすぎた。』
「そうね、それじゃあ、またね」
『おう、またな』
そこまで聴いて、あたしは電話を切った。へへぇ〜、……うん、元気になった。
こんなちょっとした幸せのおがけで、あたしはこの旅行の残りの日程も楽しむことができた。
へへぇ〜、朋也、ありがとっ。
つづく
---プチおまけ---
電話の受話器を置いて、さてと皆のところに戻ろうかな、と思って踵を返すと
ジィーーーーーーー
っと、あたしを見つめるひとつの影。誰でもないお母さんだった。
「杏、あんた……意外にカワイイとこあったのね」
「余計な、お世話よーーーーーーっ」
今度は大絶叫するあたしの声が、夜の田舎に響き渡った。
ああ〜もぉ、幸せな気分ぶち壊しよ。お願い、誰かこの母親を止めて。
つづく
---あとがき---
なにがしたかったのか良く分からんssですが、要は杏と朋也を長距離電話させたかったの。それだけですよ。
気付けばビッグなボリュームですよ。ビックリ。
さて、次回はどうしましょか?ネタとしてあるのは、オレンジの匂いの続きか、帰ってきてからの話。
どっちが好いか、リクエストください。リクエスト頂いたほうから先に書き始めます。ちなみに、今はまだ手のひとつもつけてません。
リクエストがなかったら……もう立ち直れないと思うんで、ssのコーナーをやめます。
まだこのssでは2学期に入りません。何せ夏ですから。2学期に入ってからは……どうしよっか?
ま、ちょろちょろとやって行きますわな。
兎にも角にも、ここまで読んでくださった方々に、沢山の感謝を込めつつ、今回はこの辺で。ではまた〜
(05/05/04)
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