花の生命



――――――――――― 僕は人形 ――――――――――

―――――――― 人の心を持たない人形 ―――――――

――――――――――― そんな僕に ――――――――――

―――― 彼女は、僕には心があると言ってくれた ――――


「おっはよ〜、カタン。」
「あれ珍しいね、アイラさんが朝からこっちに来るなんて。」
「何よ、あたしがこっちに朝から来ちゃいけないって言うの?」
「いや、別にそんな風に言うつもりはないよ。」
「ふふふ〜、解ってるわよ。」

焦るカタンを見ながら、アイラは楽しそうに笑っている。からかわれた事に気付くのにさほどの時間も要らない。
だけど、からかわれた事への腹立たしさよりも、朝からアイラの笑顔が見られた事が、カタンには嬉しかった。
彼女の笑顔が見られるだけで、カタンはその日一日が幸せな気分になる。
何時からだろう…こんな風に考えるようになったのは。
彼女の幸せそうな顔が、自分の幸せだと考えるようになったのは……

「どうしたの?」
「うわぁっ!!」
「きゃっ、何?何なのよ一体?どーしたのカタン?」
「ごめんなさい…つい考え事してて………。」

考え事をしていたカタンは、ひょっこりと顔を覗かせた間近に見て、思わず大声をあげてしまった。

ドックンドックンドックンドックン………
早い感覚で鳴り響く左胸を抑え、視界いっぱいに広がっていたアイラの顔から逃げるように下を向く。

顔が赤い…
ような気がする。多分赤いだろう。見た事もないくらい―――実際初体験だったが―――近くに迫ったアイラの顔。
始めてあってから数年、彼女は見違えるほど綺麗になった。

母親のキルマー婦人から見合いの話も多く持ちかけられていて、母親の体面を守る為に一度だけ見合いをした時など、見合い相手は速攻で惚れたそうな。
ため息交じりに、断るのに苦労したわと語るアイラを、カタンは今でも覚えている。
そんな彼女の顔が間近に迫ったのだ。焦りもする。

「そ、そろそろ森の方に行こうか!」
「そうね。」

気分を落ち着けるのと、これ以上カッコの悪い所を見られたくないと言う理由からカタンは大急ぎで立ち上がる。
そして、早口で喋ると足早に玄関に向かった。
玄関から一歩外に出ると、そこには何故かリアカーが………何故?

「あ、そうそう。アタシ今日向こうにこれ持っていきたいから、あんたこれ持っていってね。」
「アイラさん…まさかこれを持って行くのがメンドクサイからとか言う理由で、ここに寄ったんじゃ………」
「あら、よく解ってるじゃない。なら話は早いわ。よろしくね?」
「よろしくねって…」
「ダメ?」

渋ろうとするカタンをアイラは勿論逃がす筈がない。甘えた顔をしながら上目遣いでカタンに迫る。
最近身に付けたアイラの必殺技だ。この顔でお願いを頼まれて断れる男は、まず居ない。それくらいに凶悪だった。
勿論そんな必殺技を、カタンは交わせる筈もなく………

「………解りました。」

と、ガックリ下を向いて、了解するのだった。

「やっりぃ〜!じゃあ、さっさと行きましょ?ほらぁ、カタン、ぼけっと突っ立ってないで、男の子なんだからキリキリ運ぶ!」
「ハイ…」

指を鳴らし喜ぶアイラ。喜ぶ顔が見られてまた嬉しく思ってしまう自分が、カタンはちょっと情けない。
しかし、前々から解っていたが、やはり気になる。アイラのこのバイタリティーと強引さは、何処から来るのだろう………

勿論口が避けても本人には聴けない。
怒られるから。


精霊達の居るエルファーロの森へのと向かう道中、カタンは意外に運ぶのに苦労するリアカーを押しながら、新たに生まれた疑問を解消すべく、アイラに訊ねた。

「アイラさん、このリアカーの中、何が入ってるの?」
「何って、そりゃ大切なものが入ってるわよ。だから丁寧に運んでね。」

まぁ〜これまた、えらく抽象的な答えが返ってきたもんだ。ますます中身が良く解らん。
勿論、カタンがコマッタ顔をするのが見たくてわざと抽象的ないい方をしているのであろうが、毎回やられっぱなしでは流石に悔しい。
カタン、考える。そして………

だだだだだだだだダダ………
ごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろ………

「ぎゃ―――――――ッ、カタンッカタンッ、中身、中身大切に扱ってよぉ〜〜〜〜。」

おもむろに走り出したカタンを見てアイラは尋常じゃない慌て方をした。ようやっと一矢報いた気がしてカタンはちょっぴり気分が良かったが

「苗木が傷付いちゃうじゃないよぉ〜!!!」

というアイラの言葉を聴いて、ぴたりと、リアカーを止めようとした。が、そこは慣性の法則が働く我等が地球である。車は急に、止まれない。

「わっわっわっわぁ〜〜〜〜〜〜!」
どんがらがっしゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜んっ!
「あぁ………………」

転ぶカタン。もはや涙目なアイラ。
自業自爆と言うか、因果応報というか、窮鼠猫を噛んで中毒死と言うか………である。


「今度からカタンをからかう時は人質が無い時にするわ………」
「そう言う問題じゃないと思うけど…」

とっ散らかった事故現場を二人で片付けながら、アイラは涙目でぼやいた。
ダメにならなかった苗木が何本か残っていたのは不幸中の幸いだったが、それでもせっかく用意した苗木がダメになってしまったのはアイラとしては悲しい。
なんというか…損した気分だ。損…商売では絶対にやらかしては行けない事である。

「だけど何で苗木を持って行こうなんて考えたの?」
「ん〜。なんて言うかね………、残したかったのよ。」
「残したかった?」
「そ、あたしが確かにあそこに居たんだって言う、確かな何かを……ね。」
「どう言う事?」

地べたに腰掛けしんみりと話すアイラを見て、カタンはなんともいえない切ない気持ちになった。
そこに佇むアイラはとても儚げで、普段から見られる彼女からは、想像も出来ない表情だった。
しかし、似たような表情なら前にも一度あった。キルマー夫妻がアイラを引き取ろうとした時だ。あの時の表情に良く似ている。
あの時…アイラは……涙を流した。涙は流し尽くしたと言った彼女が、涙を流した。そして、ここに残りたいと、彼女は言った。

あの時の表情とダブるものを感じながら、カタンはアイラの言葉を受け止めつづけた。

「あたしは皆より早く死ぬわ。それもあっという間に。それを考えるとね、なんか私だけ置き去りにされちゃうみたいで…なんか………」

そこから先の言葉をアイラは出さない。意地っ張りな彼女らしいが、言いたい事はなんとなく解る。
だがカタンにとっては逆のことだった。そう、逆の事なのだ。

「ボクは…ボクはアイラさんが羨ましいです。成長して死ぬ事が出来るアイラさんが。」
「えっ?」

『どーゆー事?』とでも聴きたいようなアイラの表情を見て、カタンは続ける。

「ボクは取り残されつづけてきた。メイズさんにも。ボクが屋敷に篭って居た間にも、多分多くの人が生まれて、成長して、そして朽ちて行ったんだと思う。これからもきっとそう。だから、ボクには羨ましく思えるんだ。成長して行く事の出来るアイラさん達が。」

泣いているような笑顔を創りながら、カタンは言った。
取り残された者の気持ちは、アイラにも解る。彼女もまた、大切な人に一人残されてしまった身だったから…
解るだけに、なんと声をかけていいのか解らなかった。こんな時に相手に掛ける言葉など、在って無いようなものだから。

「それにしても…一体幾つ苗木持って行こうとしたんですか?」

しんみりとしてしまった空気を変えるようにカタンは話題をそらした。
これ以上しんみりするのはアイラとしても勘弁こうむりたかったから、アイラもその話に乗る。

「ん、とりあえず切り良く10個って感じね。」
「じゅ…10個も………」
「だけど、どっかの誰かが乱暴に扱って、ずっこけたりするもんだから、7つもダメになっちゃったわよ。」
「アレはアイラさんがからかうから悪いんじゃないですか!」
「ほんとよね。やっぱり今度からは、人質が居ない時にからかわないとね…」
「いやだからそう言う問題じゃないですって………」

話が反れたのはいいが、ゴーイングマイウェイな台詞に引っ張りまわされてカタンとしては、ありがたいような、そうでないような。

「ま、折角三つ残ったんだから、あんたと、私と、精霊達の分って事であいつ等には勘弁してもらいましょ。」
「あはは、そうですね。」

訂正。ありがたかった。

「それからっ、」
「ハイ?」
「さっき言い忘れちゃったから、今言い直すけど………」
「なんでしょ?」
「確かにあんたは取り残される立場に居るんだろうけど、それでも、あんたの周りには何時も色んな人たちが居てくれるんだろうから、それを忘れちゃダメよ。もっとも、『色んな人』って言うのは、あんたがこれから創ってかなきゃならないんだけどね。」
「…うん。」

もう一回訂正。嬉しかった。

「それに、あんたの話を聴いてると、年を取るって言うのも、考えようによっちゃ、あたしだけの特権って感じよね。うん、これからはそう考えるようにしよっと。」
「あはははは。」
「カタン………」

アイラの考えからのポジティブさに感心し、思わず笑っていると、アイラはカタンの名を呼び、そして…

「アリガト」

と言った。自分だけに向けられた言葉が、カタンの中で反芻される。そして………………



カタンの中で、何かが弾けた。

「好きです。」
「………………ハイ?」

いきなり訳の解らない言葉を投げかけられて、アイラは素っ頓狂な言葉を上げてしまった。
そんなアイラを見て、カタンはもう一度、自分の中に生まれた感情を、素直に表に出した。

「アイラさんが好きです。誰よりも、誰よりも好きです。」

カタンの台詞を理解したアイラはどんどん顔が赤くなって行き、タコのように真っ赤になった全身でようやっと一言洩らした。

「…………うぅ〜〜〜〜〜〜〜、何でそう言う台詞をいきなり言うかなぁ。」

そして…

「あたしも、あんたのこと……よ。」

と言った。
一番聴きたい言葉は言葉としては出てこなかった。言葉として出なかった言葉は気持ちと言う形で、カタンに伝わった。
その一言が出てこないと言うのが、アイラらしくて、アイラらしすぎて、カタンは思わず声を出して笑ってしまった。

「何笑ってるのよっ!」
「ゴ、ゴメンなさい。嬉しいんだけど、どーしてもさっきの言葉がアイラさんらし過ぎて…」
「も、もうっ!そんなことでいちいち笑ってないで、さっさと苗木持ってあいつらのとこに行くわよっ!!」
「あ、アイラさん、待ってよっ!」

無事だった苗木を二つ抱えてアイラはノッシノッシと精霊達の元へと歩いて行く。
残りの一つを持ってカタンはアイラの後に続いた。
カタンが足早にアイラに追いつくと、アイラがおもむろに言い出した。

「今度は…あんたの家の庭に二人だけで新しい苗を埋めましょ。」
「そうですね」

そう言って微笑んだカタンはアイラを見やった。嬉しそうな、恥ずかしそうなアイラの表情を見てカタンは、再び優しく微笑む。
そして、交わされた約束が、カタンの家の庭を美しい花たちが埋める事になるのは、数年後の話。




あとがき
先ず始めに大空へ様、サイト一周年おめでとうございます。
リクエストで頂いた通り「心と華(花)」と言う感じには仕上がっているでしょうか?
自己満レベルで申し訳ありませんが、頂いたお題通りに仕上げたつもりではいます。
大変無礼な祝い方であるとは重々承知していますが、ご理解のほどをお願いいたします。

そして、読んで下さった皆様、ありがとうございます。
どれくらい居るのかは知りませんが、ありがとうございます。
読んで下さった皆様の心に、何か残れば、これ幸い。

さて、続きが描けそうですが、何時描くかは解りません。でもいつか、描ければいいなぁ〜とは感じでいます。
ま、楽しみにしてくれている人も、居ないでしょうけどね。あとがき長くてすんません。そんな感じです。じゃ、

SS置き場
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送