満月衛星。-ss-HAND MADE HEAVEN 満月衛星。 ss - HAND MADE HEAVEN

『HAND MADE HEAVEN』

 違和感を覚えた。それは、家族に対する呼び方ではなく、友人の名前を呼ぶような、どことなく他人行儀な口振り。
 これが……朋也があたしを家に呼ぼうとしない理由?



 旅行から帰って、家に着いたあたしが最初にしたことは、勿論朋也への電話だった。
 お昼も過ぎた時間だったから家に居るとは思えなかったけど、とりあえず電話してみる。

 RRRRR……RRRRR……
 数回のコールの後にガチャリと言う音がして『もしもし、岡崎です』と朋也のお父さんらしき人の声が聴こえた。

「もしもし、あたし、藤林杏と言って朋也の……」

 ここまで言って言いよどむ。
 果たして今ここで彼女だと名乗ってしまっていいものだろうか、と少しだけ考えて、とりあえず当たり障りのないポジションに自分を置いておくことにする。

「いえ、あの、朋也くんと同じ学校に通っている者なんですが、朋也くんはご在宅でしょうか?」
『朋也君は……居ないみたいだね。なにかご用があれば、本人に伝えてくけど、どうしますか?』

 ふと、違和感を感じた。身内のはずなのに、どこか他人行儀なおじさんの態度。それは、あたしに対する他人行儀ではなく、朋也に対して他人行儀だと言う事。
 普通に会話していればどこもおかしくないはずなのに、おじさんの「朋也くん」というフレーズは、なにかがおかしい。
 再び言いよどんでしまったあたしに、おじさんは疑問を感じたらしく、『どうかしましたか?』と声をかけた。あたしは慌てて

「いえ、なんでもないです。ええっと、こちらから心当たりに電話をして見ますので、言伝の方は結構です」
『そうですか、それは、申し訳ない』
「こちらこそ、いきなりの電話ですいませんでした。それじゃあ、失礼します」

 それだけ言って、電話を切った。少し、頭が混乱してるのが自分でも解った。おじさんの「朋也くん」と言う言葉のトーンが妙に引っかかる。
 ただ、なんで引っかかるのかがよく解らなかった。今の自分には朋也について分からないことが多すぎる。
 あたしは、朋也の本当の彼女にはまだなれてないんじゃないか……そんな不安が頭をよぎる。そんな不安を頭から掻き消すように頭を横に振って頭から追い出した。
 そして、ただひとつ解ったのは、そこに、朋也の家に呼びたがらない理由があると言うこと、それだけだった。


 結局学生寮の方に電話をしてみると、朋也はあっさりと捕まった。始めっからこっちに電話すればよかったかしら。
 寮母さんに取り繋いで貰ってしばらく待つと、「おっす」という朋也の声が聴こえた。二日ぶりに聴く朋也の声に、少しだけ心臓が早く鳴るのが解る。
 さっき家に電話した時のことは、今はあたしの心の奥にしまう事にした。今は、まだ待ってなきゃいけないと思うから……

『元気してたか?』とか、
『旅行はどうだったよ?』とか、
『お前の母ちゃんと始めて話したけど、凄い母ちゃんだな』

 なんて朋也と話しているうちに、混乱していたあたしのココロは自然と落ち着いてきた。そしてドキドキするあたしの気持ちだけが残る。
 それは、この前朋也と電話した時よりも、大きなドキドキ。日々少しづつ大きくなるドキドキ。朋也の気持ちもこうであって欲しいなってあたしは思う。

 でもそんなあたしのドキドキなど朋也はお構いなしな様子。あたしだけが必死でドキドキを抑えているようで、ちょっとだけ腹が立つ。
 とりあえず、明日昼前に駅前で落ち合うと言うことで、その日の電話は終わった。

 早く明日にならないかな。明日になれば朋也に逢える。そう思うだけで自然とテンションが高くなる。
 あまりにもテンションが高くなりすぎて晩ご飯のおかずが物凄い豪華になってしまい、家族全員に呆れられちゃった。
 とりあえず、当然のように余ってしまった夕飯は、明日のお弁当にしよう。どこでもいい、2人で一緒にどっかでビニールシートでも広げて、お弁当を食べよう。



 次の日、お弁当の入ったトートバッグを持って、あたしは駅前へと向かった。
 足取りは軽かったけど、どこか重く感じる。逢いたいような、どこかへ逃げ出してしまいたくなるような……そんな感覚。
 そんな感覚に浸っていると、あっという間に着いた。ぐるっと駅前を見回して観ると、朋也はすぐに見つかった。

「とーもー……や?」

 久々に朋也を観れて、思わず大声で叫んだ途中で、あたしの声は止まった。
 朋也の隣に、あたしの知らない誰か――着物を着たキレイな女の子が居たから。どこかで見たことのある顔だったけど、詳しくは思い出せない。
 でもその子の顔を見た瞬間「この子もだ」って思った。この子も朋也のことが好きなんだ、って。目から、体全体からそう言ってるのが分かる。

 ムッとしたものが心を占める。
 それを感じた次の瞬間、あたしはトートバッグに突っ込んであった比喩表現辞典(29400円)を思いっきりブン投げていた。

「アブねっ!?」
「とーもーやー」

 すんのところで避けた朋也に、あたしは詰め寄る。遠くの方で「ギャー」とか言う声が聴こえたような気がしたけど、このさい無視っ!!

「うぉっ!?おいおいおいおいっ、なんなんだいきなり!?辞書投げていきなり現れたと思ったら怒ってるし、どうしたんだよ?」
「あたしと言う彼女がありながら他の子と仲良く楽しそうにお喋りとはいい根性してるじゃない?謝ってからその口を畳張りで縫い付けるわよ?」
「物騒なこと抜かすなっ!それにそんなことしたらお前とだって話せなくなるだろうがっ!!」
「大丈夫安心して、あたしと話す時だけ抜糸してあげるから。そのあとまた縫い直すけどねっ」
「縫い直すなっ!って言うかそれ以前に縫おうとするなっ」
「あんたが他のことはなさなきゃ言いだけのことでしょ、大体この子誰よっ!!?」

 朋也にガンたれてた時と同じ勢いで睨み付けちゃったけど、相手の方はさして気にする風でもなく、

「ああそうか、自己紹介が遅れたな、すまなかった。」

 と落ち着いた様子でいった。それに釣られてあたしは一気に毒気を抜かれてしまい、クールダウンする。
 ……いや、そもそもいきなり現れて辞典を彼氏にブン投げて痴話げんかを吹っかけたあたしの方が何物?って言う話なんだと思うけど。
 なんか、喋り方からして変わった子ね。観てくれは着物を着て同性のあたしでもかわいいと見惚れるくらいなのに、どこか武士みたいに威風堂々としてる。

「岡崎の一年後輩で、坂上智代だ。よろしく」
「ああ〜、ええ〜っと、朋也と同じ学年で彼女やってる、藤林杏よ、よろしく」

 坂上智代……なんか引っかかる名前ね。なんだったかしら?坂上智代、坂上智代、坂上、智代、智代智代智代智代……
 あっ、解った。名前に朋也とおんなじ「とも」があるじゃないっ!!
 ああ……なんだかとっても負けたような気がするわ。なんでウチの親はあたしの名前に「とも」の字を入れなかったんだかっ!
 って、違うっ!!……はぁ〜、最近適度にツッコミを入れてない所為か、ボケに飢えてる気がするわ。朋也もツッコミだし。どっかにステキなボケ役は居ないもんかしらね?

 それにしても、坂上智代か……最近学校でよく聴いた名前なんだけど……どうしてかしらね?そんな事をしばらく考えて、思い出した。

「あっ、坂上智代って、思い出したわ。あんたウチのガッコの生徒会長じゃないっ!!」
「そうだが」
「なぁにぃ〜!!?マジでかっ!!!?」
「あんたは知らなかったんかいっ!!」
「お前はホントにウチの学校の生徒か?」

 さっきまでボケだのツッコミだの考えてた所為か見事に突っ込んじゃったわよ。生徒会長にも冷静に突っ込まれてるし。
 それにしても、やっぱり突っ込みは気持ちがいいわね。……いやいやいやいや、今はそんな事を言ってる場面じゃないでしょ。
 あ、生徒会長、なんか凹んでる。まぁ確かに、気にしてる男にだったら自分の状況とか立場は少なくても知っていて欲しいでしょうからねぇ〜。
 まぁその辺は、相手はニブチン朋也だし。ご愁傷様って感じよね。その辺にはあたしも散々苦労させられたから、気持ちは分からなくもない。

「で、なんだってその生徒を代表する生徒会長が、学校を代表するダメ生徒の朋也と知り合いなわけ?」
「ひっでぇいいようだな。まぁ、アレだ。ヘタレがヘタレでヘタレてヘタレた理由でヘタレたからだ」
「陽平に無駄に迷惑かけられたのね」
「そーゆーこった」
「ご愁傷様」
「……今の説明で全部が分かるのか?」
「そりゃ〜、な?」
「ね?」
「春原ヘタレだし」
「陽平ヘタレだし」

 あれ?生徒会長がなんでか唖然としてる。あたし達そんな会話してたかしらね?
 ……まぁ、気にしないでおきましょ。気にしたらなんか負けそうな気がするわ。

「ところで、生徒会長はこんなところで浴衣で来て、誰かと待ち合わせ?」
「ああ、さっき岡崎とその話しをしようとしていたんだ」

 「岡崎と」という所に妙なアクセントが置かれたような気がした。ムッ。悪かったわね、折角の話しの最中に辞書投げて。勿論、口にだしては謝らないわよっ。
 ……なんかココロがささくれ立つ。別に朋也に女の子の友達がいたって、それは悪い事ではないはずなのに、ココロの中に汚濁したものが積もる。
 あたしはそれを奥の方に追いやろうと平静を保つようにしながら、生徒会長の話しを聴いた。

「生徒会の連中と花火大会を観に行くと言う約束をしていてな」
「花火大会?んなもん今日この町で有ったっけか?」
「ない。少し離れた町であるんだ。そっちの方から電車通学してるメンバーが居て、これからそっちまで足を運ぶんだ」
「ああ、それで浴衣か」
「そうだ。折角の機会だしな。どうだ、女の子らしく似合うだろ?」

 そう言ってクルリとその場を一回転した生徒会長は、確かに良く似合っていてキレイだった。後ろ髪をアップにして見せるうなじが妙に艶っぽい。
 浴衣の方も渋く明度の低い赤色に同じような黄色の帯がケバくなくて、あくまで上品。柄もかすり調の縦縞が栄えてて、もともとすらっとしてる体系をキレイに魅せてる。
 ホントに……腹立つくらいにキレイだった。それに比べてあたしは普段着だ。みそぼらしいことこの上ない。

「で、その遠い町に行くって言うのにこんな所でのんべんだらりと話し込んでていいのか?」
「長いこと話している訳にはいかないがな。知り合いを見かけたんだ、挨拶くらいしなくては悪いだろう?」
「相変わらずなこって」

 沈むあたしを他所に楽しそうに話している生徒会長と、なんだかんだで会話に付き合っている朋也。
 朋也が意外に女の子にモテるみたいだってのが解ったのはいいけど、それを間近でみるのはどうにも……面白くないっ!
 それが子供じみた嫉妬だって分かってはいたけど、他の女の子と話してる彼氏を見て落ち着いてられるほどあたしは大人じゃない。
 だからあたしは思いっきり朋也を睨み付けて、そのままその腕にしがみついた。

「……どした?」
「なんでもない」

 いきなりしがみ付かれて驚いたらし朋也がそれだけを聴いてきたから、あたし単純に答える。

「……そか。で、暑くないか?」
「ないわよ」
「そか……」

 ビミョーな空気が流れるのが分かった。とりあえず、2人の会話が途切れたのだから、あたし的に目的は果たせた。
 でも、これは謂わばおまけに過ぎない。本当の目的は別にあったから。
 その本当の目的の方を生徒会長が分かったらしく、苦笑いしながら「それじゃあ、そろそろ行かないと時間に間にあわない。」って言った。

「そか、それじゃあまたな。花火大会、楽しんで来いよ」
「うん、岡崎も彼女さんと楽しい時間を」
「ああ」
「また、今度」
「さようならぁ〜」

 満面の笑顔で見送るあたし。まるでいやぁ〜なお姑さんみたいなみたいな笑顔だったと思う。
 今のあたし、きっと物凄く不細工だ。こんな顔を、朋也に観られたくないって思った。そのまま、あたしは朋也の腕に自分の顔をうずめる。

 生徒会長がその場を去った後もあたしはしばらく朋也の腕にしがみついたまま、その腕を離さなかった。
 あんたの彼女はあたしなんだぞっ!って精一杯主張したかったから。子供じみた嫉妬から来てるのは分かってたけど、それでもこうしてくっ付いていたかった。
 少し気持ちが落ち着いてようやっと心が落ち着くと、あたしはゆっくりと朋也を見上げた。
 朋也は優しく全てを見透かすみたいに、でもって茶目っ気を含んだような目で見ていた。

「きょ〜う」
「なに?」
「俺達もやるか?」
「やっるてなにを?」
「2人で花火大会。この時期ならコンビニ回ればどっかに売ってるだろ」
「……うんっ!」

 二人だけでって言うその一言が凄く嬉しい。思わずつかんでいた腕に込める力が強くなる。大勢で同じ物を見るのとはまた違った花火大会。
 それは、あたしが持ってきたお弁当を食べ終わって、のんびりしてからコンビニを回って花火を選んでる最中から始まってるみたいで、凄くドキドキワクワクした。



 コンビニで買った花火を持って、あの日ボタンを拾った空き地に向かうまでの道すがら、朋也が口を開いた。

「人のココロってさ、泥水の入ったビーカーみたいなもんなんだってさ」
「なにそれ、どういうことよ?」

 いきなりの朋也のわけわかんない例えばなしに、あたしは四方八方にハテナマークを飛ばす。
 そんなあたしを見て苦笑しながら、朋也は話を続けた。

「要はさ、泥水ってさ、放って置くと上の方はキレイになるけど泥は下の方に溜まるだろ?」
「そうね」
「人の心もそうなんだよ。放って置くと表面上はキレイに見えるんだけど、下の方にドロドロしたもんが溜まる。だからちゃんとこまめに撹拌して泥が下の方に溜まらんようにしてやらんといけないんだとさ」
「ふーん、面白いわね。誰が言ったのよ、そんなこと」
「春原の部屋に置いてあった雑誌のコラム」
「そう……でも、やっぱりあたしは、朋也にはキレイなあたしを見ていて欲しい。汚い部分は見られたくない」
「……きょーう」
「ん……ってなにすんのよ!」

 沈んでいたあたしの頬っぺたを朋也はいきなり引っ張ってきた。それまでの沈んでいた気分もどこへやら、あたしは思いっきり朋也の手を払って英英辞典をブン投げてやった。
 すんのところでかわした朋也はケタケタと笑う。わけわかんない。ていうか避けるなっ。

「杏、俺はさ、別にお前のキレイなところに惚れたわけじゃないよ。汚いところも全部ひっくるめて、藤林杏って子に惚れたんだからさ」

 それだけ言うと、朋也はテレを誤魔化すように頬っぺたをポリポリと掻いて、再び口を開いた。

「もっとさ、在りのままで居てくれよ。俺はそんな杏が好きだから」

 なんとなく解った。さっき朋也が言った言葉の意味。
 さっきまで表面だけキレイで居ようとしたあたしのココロが、穏やかに撹拌されて濁った水になっていくのが分かる。
 それはきっと、キレイなままじゃ居られない、人のココロの現れ。そんなキレイじゃない部分も、朋也は好きで居てくれるという。
 ホントに、嬉しかった。あまりの嬉しさに勢い余って朋也に飛びつく。えいっ!

「あたしも、大好きだかんねっ!!」
「おう、俺も好きだぞ。それじゃあまぁ着いたら早速、俺達だけの花火大会をはじめますかね」
「おーっ!」

 ……あたしは、欲張りなんだろうか。
 朋也を好きになればなるほど、もっと朋也を知りたくなる。あたしに見せない朋也の部分が知りたい。
 朋也があたしの汚い部分も好きと言ってくれたから、あたしもあんたを信じて好きで居られる、朋也の黒くて暗い部分。

 けど今は、いつか話すと言った朋也の言葉を信じるだけだった。でもきっと大丈夫。2人で一緒なら、ちゃんと支えあえるし、歩いていける。
 とりあえず、今日のところはコンビニで売ってた1980円の手持ち花火で、醜くてキレイな、不幸も詰まった幸せいっぱいの、手作りの天国を2人で作ろう。








つづく







---あとがき---
 10KB以上あるssって読むの疲れませんか?私は疲れます。そんなわけで、できれば10KB以下にしたかったんですけど、無理でした。
 なんでこう、無駄に長くなるかな……。もうちょっとやりたいことをコンパクトにまとめればすっきりするかな?

 ちなみに朋也が言っていた「人のココロは泥水の入ったビーカーみたいなもの」って言うのはGargoyleってバンドのKIBAさんが某コラムで書いたお言葉を拝借したものです。
 コラムを2、3回読んで書いてある内容をとりあえず覚えちゃったんだから、私の中で相当強く印象に残ったんだろうなぁ〜と思いますよ。
 それくらい好きな考え方です。

 そんな感じですかね。それではそれでは、ここまで読んでくださった方々に沢山の感謝を込めつつ、今回はこの辺で。ではまた〜
 (05/05/17)

 P.S.感想なんかをメールBBSにいただけると、嬉しいです。是非……おひとつ……

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