満月衛星。- SS - ひまわり 満月衛星。 - SS - ひまわり

『ひまわり』

 渚と同棲を始めて数ヶ月経ったある日のこと、渚が微熱を出した。
 昔っからよく熱を出していた渚だけに心配になり、古河の家に電話をしようとしたが、『少し横になれば大丈夫ですから』と言う渚の一言に押し切られた。結局、俺は受話器を置いて、渚の看病をすることにした。
 勿論、明日中に熱が引かなければ古河の家に電話する。と言う条件付で。

 『なんなら俺が着替えさせてやろうか?』などと手をワシワシさせながら言ってみると、微熱の所為で元々ほんのり赤かった顔がますます赤くなっていく。……かわいい。
 パジャマを抱えたまま『朋也君、えっちですっ!』と困った顔をしながらカーテンの向こうへ小走りで行った渚を見送る。
 割と心身ともに余裕があることが解ったのはいいが、ちょっと残念だ。
 渚がパジャマに着替えている最中に布団を敷いてタオルを水でぬらす。桃缶でもあれば開けてやろうかなどと企んでみたが、無かった。残念だ。
 せっかく『はい、あ〜ん』とかいいながら渚に桃を喰わせたかったのにっ!その時の渚の反応を考えるだけで幸せになれる。
 実践できなかったことが非常に悔やまれる。すこぶる残念だ。……今度、桃缶買ってこよう。
 ……一番のアホな子は、きっと俺なんだろうな。



 着替えも終わって布団に入り、濡れタオルを額に乗せた渚が、しばらくして目線を天井に向けたまま、唐突に口を開いた。

「……朋也くんは、生まれ変わりたいと思ったことはありますか?」
「は?」

 唐突な質問だ。唐突過ぎて俺はアホな子よろしく、間抜けな一文字と疑問符を返すだけの結果となってしまった。

「朋也くんは、生まれ変わりたいって思ったことはありませんか?」

 そんな俺にもう一度、渚は目線を天井に向けたまま、同じ内容の台詞を言ってくれた。
 唐突に言われると答えは出しにくいが、ちゃんと聴く体制が出来ていれば、意外と人間ってのはしっかりと受け答えが出来るもんである。
 渚の台詞を頭の中で整理して、ここ数年の記憶を振り返り、そしてその結果を渚に伝える。

「無いな」
「一度も、ですか?」
「うーん、一度も無いって事は無いと思うけど、少なくともここ数年は、無い」
「そうですか……」

 真意を測りかねる渚の返答。何故そんなことをいきなり言い出したのか、少し理由が知りたくなった。んなわけで、今度は俺から質問を返してみる。

「渚は、生まれ変わりたいって思ってるのか?」
「……そうかもしれません」

 一拍置いて、渚は続けた。

「わたしはこの通り、体が弱いです。昔っから、お父さんやお母さんに迷惑ばかりかけてきました。今だってそうです。朋也くんに迷惑を掛けてばかりです。そう思うと自分が恥ずかしくって、情けなくって、いっそ生まれ変わって何もかも初めっから、ゼロからやり直したいって思ってしまうんです」
「そうか……」

 肯定も、否定も、賛同も、批難でも無い俺の一言。実際どれでもなかった。
 その考え方には肯否定、両方出来なかったし、ハードで見た場合、確かになぎさは弱い。しかしソフトで見れば、渚はとても強いことも俺はよく知っている。そーゆーとこも込み込みで惚れたんだからな。だから、賛同するのはどうかと思った。
 それに、早苗さんも、オッサンも、そして俺も、渚の看病をすることを『迷惑だ』と思ったことは一度もない、絶対。ただ、そういって反対してしまうのも、この場合なんか違う気がした。
 『違う』と言ってしまうのは簡単だし、『でも……』とごねる渚の唇を塞ぐのも、きっと簡単。だけど、解決にはならない。
 だから、俺は再び尋ねた。

「じゃあ、渚は生まれ変わるんだったら何になりたいんだ?」
「えっ!?」

 今度は渚がビックリしたらしい。こんなことを俺が言うのは予想外だったのだろう。
 まぁ、言った当人としても、こんなこと聴いてどうする?と自分を問い詰めたい気になるくらい、突飛な質問だったから、渚が驚くのも当然と言えば当然だ。
 しばらく考え込んで居た渚だが、何に生まれ変わりたいか思いついたらしく、俺の方を向いた。

「わたしは……ひまわりがいいです。泣かない、枯れないひまわりが。生まれ変われるなら、ですけど」
「泣かない、枯れないひまわり?また随分と贅沢なひまわりだな」
「えへへ、そうかもです」

 苦笑しながら呟く俺を観てだろうか、渚も同じように苦笑しながら呟いた。贅沢、と言う点に関しては、やはり渚もそう思っているのだろう。渚は続ける。

「でも、咲くと力強くて、キレイなひまわりを見ていると、わたしもああなりたい、って思うんです。」

 ……渚は今の、在るがままの姿で十分強いしキレイだって事を、こいつは理解してるんだろうか?
 いや、してないだろうな。していたとしても、きっとそれ以上を、こいつは目指そうとするんだろう。……全く、お前はホントに強いし、キレイなんだぞ?傍に居る俺が、それは一番よく知ってる。
 そんなお前だけそんな遠くを見据えないでくれ。一緒に歩いてくれるんだろ?

「朋也くんは、何がいいですか?」
「生まれ変われるなら、か?」
「はい。わたしのは言いました。だから朋也くんのも教えて欲しいです」
「む、確かに」

 言いたい事は、なんとなく解る。俺も自分が教えたら相手のも聴きたくなるだろうからな。
 渚は、生まれ変われるならひまわりがいい、と言った。じゃあ、俺は……

「……じゃあ、俺は太陽になる」
「えっ?」

 ボソリ、と言った俺の台詞を、渚は聴き返した。
 よっぽど意外な返答が返ってきたのだろう。だから俺は、今度ははっきりとした口調で、もう一度言ってやった。

「決めたっ!!渚がひまわりになるんだったら、俺は太陽になるっ!!」

 キョトーンとする渚。

「太陽……ですか?」
「おう、太陽だ。……なんだよ、なんか言いたそうだな?」
「いえ、そうじゃないんです。なんていうか……」
「おんなじひまわりって言って欲しかった、とか?」
「そう……です」

 うつむき加減の渚に、俺は微笑んだ。

「確かに、おんなじひまわりになって、渚の傍にいるってのも、悪くない。だけど、俺は渚を照らせる、太陽でいたいんだ。いつでも渚が見てくれるような太陽に」
「でも、太陽は沈んでしまいます、そうしたら朋也くんは見てくれません。」
「あのな、お前の傍に居るのは、何も俺だけじゃないだろ?早苗さんもいるし、オッサンもいるだろがよ。」
「それは解ってます。わたしがわがままだってことも。でもやっぱり、それでもやっぱり、朋也くんには傍に居て欲しいんです、たとえ生まれ変わったとしても」

 嬉しいことを言ってくれるじゃないか。そんなこと言われると、自然と頬の筋肉がよるんでしまう。
 愛おしさ溢れて、俺は渚の頭をついつい撫でてしまった。渚の方が年上なのにな。
 渚の方はというと、別段嫌がる風でもなく、少しくすぐったそうに『んっ』と少し甘い声を出して頭を撫でられていた。
 そんな渚に、俺は言った。

「それに、世界はひまわりだけじゃ成り立たないだろ?土がいるし、水もいるし、光だっている。それらを形成させるためにはもっともっと必要なものはいっぱいある。違う?」
「それは……そう、です」
「だろ?だったら、俺は、さっきも言ったみたいに、いつでも渚に観て貰えるような、太陽で居たい」

 じっと渚を見つめながら、俺はそんなガラにも無いことを言っていた。
 そんなガラにも無いことを言いながらも、なんとなく、自分で解る、今の自分の表情。
 きっと俺は、今、とても穏やかな顔をしているに違いない。渚を観ていれば解る。彼女は穏やかな顔で、優しい眼差しを俺に向けていてくれていたから。

「……えへへ、なんだか……とっても嬉しいです」
「そうか」

 渚が嬉しいそうに笑うもんだから、俺も釣られて笑ってしまった。でも、そんなことすらも、なんだか幸せに感じてしまう。
 幸せって、きっとそんなもんなんだろな。

「あの……」
「ん?」
「わたし、頑張って、一生懸命に朋也くんの方を観ます。観てます。ですから、朋也くんもわたしのことを探し出して、観ていて下さいね。」
「おう、任せとけ。一撃で渚を見つけだしてやる」
「ハイ」

 色々と溜まったものが吐き出せたからだろうか、それからして渚はすぐに眠りに落ちた。
 穏やかな寝顔に、俺もなんだか穏やかな気分にさせられる。

 そうして俺は渚の手をそっと握り、小さく、ホントに小さく、渚に聴こえるか聴こえないかくらいの声で…………

「だんごっ、だんごっ」

 と歌った。





おしまい。





---あとがき---
起承転結が滅茶苦茶ですいません。
でも、書きたい事は書けたんで、まぁまぁそこそこ納得できました。
ZIGZOの「ひまわり」、いい曲です。

読んでくださった方々に、沢山の感謝を込めつつ。ではまた〜
05/03/31


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