満月衛星。
ss
- 冬の海は遊泳禁止で
『冬の海は遊泳禁止で』
シャーッとカーテンが引かれる音と、彼女が放った一言が、彼を眠りから覚醒させた言葉だった。
「朋也、海へ行くぞ」
朋也と智代がよりを戻してしばらく経ったあくる日の日曜日、彼女が唐突に家へとやってきてそれだけを朋也に伝えた。
春原の家から引き上げてベッドに潜り込んだのが、ついさっきのこと。
「ん゛〜」とか言うなんとも発音しづらそうな声を上げて朋也はそばにあった目覚まし時計を見やった。
A.M.7時。時計の短針が7を、長針が0を指しているから間違いない。眠い目をこすって、あくびを一つこさえる。
「ふぁ〜、どしたいきなり?」
「海へ行くぞ」
「だから、俺はその理由を聴きたいんだが……」
「突発的に海に行きたいと思ってはいけないか?」
「いや、いけないとは言わねぇけどさ、せめて理由くらいはあって欲しいわな」
「理由? 海に行きたいと思った。それが理由だ」
にっこりと笑ってそれだけ答える智代をみる。彼女が一度立てた目標は必ず突き通す女性だということは、自分が一番良く知っている。
朋也は観念して、はぁ〜……と小さくため息をついてのっそりと起き上がる。眠そうな顔をしながらボリボリと頭を掻いて、おもむろに服を脱ぎだした。
それを朋也が観念した合図だと判断した智代は
「愛情のこもった朝食が待ってるから、早く着替えて下りて来い」
と言って笑顔を残して部屋を出ていった。
男がいきなり服を脱ぎだしたことに対しての照れや恥じらいと言ったものはないらしい。朋也としてはなんとなく、複雑な心境だった。
「女心と秋の空、……っていま冬、だよなぁ」
窓から外を覗くと雲に覆われた低い空がどんよりと広がっていた。
雨か、それとも雪か、いずれにしても降るだろうな、そうなると傘がいるか。などと考えて、適当な服に着替え終わった朋也は下へと降りていった。
下に降りた朋也を智代が手招きして呼んだ。声に出さないのは父親とのことについて考慮してくれたからだろう。
ならばそれを無碍にすることはない。朋也は音を立てないようにして智代の傍に行き、改めておはよう、と小声で言った。
やわらかく微笑んでおはようと返事をした智代は、そうそうに家を出る準備を始めた。コートをはおり靴を履く。
展開が速すぎて付いて行けなくなっている朋也はぼーぜんと立ち尽くしていると、少し大きめのショルダーバックを肩にかけた智代に
「早く、行くぞ」と急かされた。
「お、おう」
とだけ返事をして、言われるがまま自分もコートをはおり、靴を履いて、智代の後に続いた。
後はもう、朋也にはなにがなんだかだった。
駅について智代が買ってきた切符を手渡され、そのまま電車に乗り込み、電車の中で軽い朝食を摂りにかかる。
ショルダーバックからコンビニのロゴの入ったビニール袋を取り出すと、更に中からおにぎりと、納豆まきを取り出す。
「愛情のこもった料理、じゃなかったのか?」
「愛情のこもったコンビニのおにぎりと手巻き納豆だ」
「どこに、愛情がこもってるんだ?」
「これからこめるんだ」
いぶかしげな朋也に対して、智代はニコニコと笑ってとてもうれしそうだ。
何がそんなにうれしいんだか? と疑問に思っていると、コンビニ袋をひざに敷いた智代は丁寧に納豆まきを包装したビニールを取り外し、海苔を巻いた。
「朋也」巻き終わった納豆巻きを朋也の前に差し出す。「あーん」
「あーん……」ついついつられて朋也も口を開ける。「って、これははずかっふがふがふがふがっ」
「これは恥ずかしいだろ」というはずだったツッコミは、途中で遮られてしまった。口の中に納豆巻きが突っ込まれたからだ。
変わりに「ほがほがっ」と意味のない講義の声を上げるが伝わっていないらしく、智代はやっぱりうれしそうだ。
「どうだ? 彼女が愛情をたっぷりとこめたんだぞ? おいしいだろ?」
「…………」
味云々それ以前に、こっぱずかしい。感想はこの一言に尽きた。つられて口を開けて、「あーん」などという行為をしてしまった自分も、だ。
だが、まぁ確かに、愛情というものは――やっぱり恥ずかしながらではあったが――感じてしまったので、結局よく味わって租借する。
「コンビニの味だな。でも、上手い。」
「そうか。まだまだあるからな、沢山食べるといいぞ」
そう言ってせっせとおにぎりやら手巻き寿司に海苔を巻いていく智代が可愛くて、ついつい苦笑を朋也は漏らした。
「どうかしたか?」
「いや、智代は可愛いなって思っただけだ」
「そうか」頬を紅くした智代は、だがうれしそうに言った。「それはきっと朋也のおかげだな」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ」
「どうしたんだ朋也? おもしろい顔をして」
「なんでもない……」
なんでこいつはこーゆーこっぱずかしいことを、こうもはっきりといえるんだろうと思っただけだ。
きっとこいつには、一生経っても敵わないんだろうなぁ〜と、つくづく感じた。
それから数回の乗換えをして、電車を降りてからバスに乗り、ゆらり揺られて辿り着いた先が、海だった。
浜辺を二人で適当に歩きながら押しては引いていく波を眺めながて、ようやっと一息つく暇ができた朋也は思い出した。
ああ、そういえば、海に往こうって言う話だったんだっけか、と。
電車とバスの中では何度か居眠りをしたが、今は冬の身を斬るような寒さのおかげで意識がはっきりしてる。
「来てみれば何かあると思ったが、意外とそうでもなかったな」
「夏場なら兎も角、冬だからな、今は」
「そう、だな……」
解っていながらも残念そうな、でも何かを期待していたようなトーンでしゃべる智代に、正直どう返していいか朋也には解らなかった。
渚に二人の足跡だけが続いていく。
「本当は」暫く足跡をつけていると智代が口を開いた。「本当は夏に来たかったんだ」
それだけ言うと足を止めて視線を海の方へと向ける。朋也もそれに合わせるように視線を海に向けた。
「夏にここに来て、おまえと一緒に思い出を作りたかったんだ。そのために水着まで買ったんだぞ?」
顔を赤らめていう智代に思わす朋也は苦笑した。
「そりゃ、勿体無いことをしたな。ちなみにどんな水着だったんだ?」
「ビキニタイプの凄く可愛いやつだ」
「ますます勿体無いことをしたな。今度着て見せてくれないか?」
「……っ、おまえはほんっとうにスケベだなっ」
「智代だからな」
智代を向いてニヤリと笑う朋也を観て、ますます顔を紅くした智代は一瞬合った目線をすぐに逸らしてしまった。
「……でも、そう言ってくれるのは嬉しいぞ」
とうとう茹でダコみたいに真っ赤になった智代を見て、どんな水着だろうとついつい想像してしまう。
もともとスタイルのいい彼女のことだからどんな水着でも色っぽく着こなしてしまうことだろう。
想像してみたがどうにも水着というものが上手く想像できなかった朋也は思った。
やっぱりみたいっ、と。
「なぁ?」
「着ないぞ。それから、もう遅いかもしれないが、想像もするな」
にべもなくきっぱりと言われてしまった。おまけに釘まで刺された。
「なんで俺が言おうとしてること解ったんだ?」
当然のように湧いた疑問に、こちらも当然と言わんばかりに智代は胸を張る。
「朋也のことだからな」
「うーむ、喜んでいいのやれ、悲しむべきなのやれ、判断に迷うところだな」
呆れたようなでも、それでもどこかうれしそうな口調で言う智代を見て複雑な気分になる朋也。
そんな朋也を見て今度は智代のほうが複雑そうな顔をする。
「迷わないでくれ」
「そうか、なら喜ぶことにしよう」
「うん、喜んでくれ。夏になったらちゃんと見せるぞ」
笑顔で言われてしまった。そうなるともう朋也には楽しみにしてる、としか返事ができない。
夏までと考えて素直な感想が口から出た。
「夏になったら……か、長いな」
「そんなことはない、きっとあっという間だ」
「あっという間か?」
「うん、あっという間だ。春になって、卒業して、働き出したら、あっという間に夏が来る」
「そう考えると鬱入るな」
あ゛あ゛〜っ、と声にしにくいタメイキをつく。
そんな朋也に智代は優しく笑う。
「そんなことはない。おまえなら大丈夫だ」
「その自信はどっから出て来るんだか」
「私からだ」
「あん?」
「おまえには、私が居る。だから、大丈夫だ」
一言一言を丁寧につむぎだす智代の言葉だった。
ゆっくりと、朋也の心の中に広がる。それは、朋也にも確かな自信を与えてくれた。
「でも、私にもお前がいないとだめなんだ。だから、私をもう、離さないでくれ」
もうあんな思いはしたくない、というような目で、智代が見つめている。
ああ。とだけ心の中で一つ呟く。本当に、こいつには敵わないなぁ〜、と思った。
「もちろんだ。おまえが離したって、離れてやるもんか」
「うん」
満足そうに微笑む智代の差し出された手をとって、ゆっくりと駅に向かった。
冬の海は遊泳禁止で、空は雲が覆っていてどんよりと重く、吹き付ける風は冷たかった。
けれど、二人の空気と、お互い離さなずにつないだ手だけは、いつまでも温かかった。
おわり
---あとがき---
まぁ多分、似たようなことを書くヤツはいるんでしょうけど、駄々被りしなきゃいいなぁ〜と思う今日この頃。ども、心華さんです。元気?
もともと、CLANNAD SS祭り用に仕上げる予定だったのですが、似たようなのが出ちゃったので、そのまま没になったやつです、これ。
そのままお蔵入りさせちゃうのも勿体無いなぁ〜ということで、こちらに出させていただきました。
そんなわけで、祭りに参加させていただきました、ありがとうございますです。
読んだ方の中に、何かしら残るものがあればいいなぁ〜と思います。そんな作品になれたのならば、これ幸い。
読んでくださった方々に、沢山の感謝を。読んでくれなかった人には、ちょっとの感謝を。ではまた〜
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