満月衛星。
ss
- 90% 後編
『90% 後編』
それからの私は、無我夢中だった。
皆の思いをまとめることに。皆の願いを叶える為に。皆を喜ばせる為に。自分自身の公約の為に。信念の為に。
判断は一つ間違えればそれは大事にもなりかねない。でも何が果たして正解なのかは解らない。だから出来るだけ、皆が納得できる形を選んでは提示する。
ありがたいことに、それらの判断は間違っていなかったらしく、大概は皆が納得して、賛同してくれた。
勿論、時には意見が食い違って口論になったこともある。
生徒会のメンバーも委員会のメンバーも、皆が皆、この学校を良くしようとしている。
それが解るだけに、全員を納得させると言うことが不可能な時もあった。その所為で反感を喰らったりもした。
それは、仕方の無い事、では片付けられない事ばかりだったが、結果その事で傷をつけてしまったことが、私はとても悔しかった。
私は私で、桜の木を守るために色々と行動を起こした。
クラスの皆に訴え、学校の皆に訴え、町の皆に訴え、仕舞いには国にまで訴えかけた。
どんなことをしてでも、あの桜たちを守りたかった。
今は考えるな。
立ち止まるな。
今はただ、前だけを向いて走るんだ。
そう思うことで、考えないことで、今の自分を後悔させないようにした。
変なところで立ち止まってしまうと、後悔の波に襲われて、自分がダメになってしまいそうだったから。
それは……多分、今は雑念でしかない、その気持ちを箱の中に閉じ込め、心の奥に押しやって、私はひたすらに走り続けた。
私はまだ……振り返れない。
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冬休み明けてすぐ。
放課後を生徒会室で過ごす私達に、一つの知らせが届けられた。
桜の木が伐採を免れた。
それは、本当に嬉しいこと。これで来年からこの学校に来る生徒達に、弟に、美しく咲く桜を残すことが出来る。
私が本当にしたかったことが出来る。弟とあの桜並木を歩く。そして、あの時出来なかった会話を、今度こそ言えなかったことを弟に言うんだ。
そうして思い思いに皆で喜びを語り合うそんな中、生徒会のメンバーが言った一言が、不意に響いた。
「これからも坂上には、皆の期待にこたえて幸せになってもらいたいな」
他愛も無い会話から生まれた一言。その会話が、妙に私の心に引っかかる。
「どういうことだ?」と思わず聴き返してしまった。
「なに、簡単なことさ。これからも坂上は色々な人間の期待にこたえていくだろう」
「私はそんな大そうな人間じゃないぞ」
「謙遜するなよ、今までだってお前は色々な人の期待にこたえてきたじゃないか」
彼はいった。周りのメンバーもその意見に賛同するように頷いていた。
でも、私は本当に、たいした人間ではない。
桜並木を守る、という目的の為に生徒会長などという御大層に見える事をしているが、それさえなくなってしまえば、私は単なる、力の無い、一人の人間だ。
「話を戻すぞ」と前置きして、彼は話を続けた。私は黙って話を聴くことにする。
「桜の木を守り、お前の目標は達成された。それは坂上にとっても、俺達にとっても、ここに通う学校の人間にとっても、幸せと思えることだと俺は思っている。
そして、これからもきっと、坂上は回りの人間の期待にこたえて、回りを幸せにしていくだろう。その幸せが、お前の幸せにも繋がってくれればいいなと、そう思ったんだよ」
それはほんのきっかけだったのかもしれない。でも、その言葉をきっかけとして、それまで心の奥に押し込んで閉じていた箱が、開く音がした。
「……坂上、どうかしたか?」
「……違う」
「何?」
「違うんだ」
「違うって、何が?」
「解らない、うまく説明できない。けど、何かが違うんだ。でも、お前の言ったそれは、どこかが違うんだっ」
何かを必死に訴えようとするが、伝えたいことはうまく要点をまとめることが出来なかった。
なにか懐かしい気持ちが心の奥底から涌いてくる。
それはまるで温泉のお湯が後から後から溢れてくるように、私の心の中から溢れてきて、温かな熱で、懐かしい感情で、私を包んでいく。
「何が違うんだよ。目標はたった今達成されたんだろ?」
「そうだ。それは間違ってない」
「それじゃあ何も間違ってることなんかないじゃないか。これからも、お前は回りの期待にこたえて幸せにしていく。それがお前のためにもなる。どこも間違ってない」
「違う、違う。私はそんなたいそうなものなんか求めていない」
「じゃあ何を求めているって言うんだっ!?」
だんだんと興奮していく相手を見て、逆に冷静になれていく自分がいた。
そして考えた。
本当に、自分が求めるものを……
ああ、そうだ。私が求めていたのは、そんなことじゃ無かったんだ。
「……好きな奴の、あいつの傍に居ることだ。…………朋也」
そこまで言って、名前を呟いて溢れて来るものの正体に、ようやっと気が付いた。
それは、あいつ、朋也への、大好きだという、変わらない気持ち。
「なっ、何馬鹿なこと言ってるんだ!!」
「馬鹿なことなんかじゃないぞ。」
「十分に馬鹿なことだっ。だって、お前は、こんなところで終わっていいようなやつじゃないんだぞっ」
「そんなことはどうでもいい」
「どうでもよくなんか無い。これからお前はより多くの人の期待にこたえて、もっともっと、今居るところですらちっぽけに思えるくらいに高みに行けるんだぞ。
それを成績が地上すれすれの超低空飛行を年中行く問題児のために投げ出すって言うのかっ」
「確かに……」
思わず笑ってしまった。好きな人間をこれだけコケにされれば怒ってもいいと思うが、朋也の場合は事実なだけに、怒るどころかかえって笑えてくる。
本人が聞いても多分否定はしないだろう。あいつはそういう奴だ。
「きっと、私が皆の言ってくれている通りの人間だったら、私は色々なことがこれから出来るだろう。でも違うんだ。そうなったとしても、私自身への直接の幸せには、きっとならない」
「…………」
なにか言いたげだが、何もいえないで居る皆。私がどういう人間かを解っているのだろう。
それはそれで、本当に嬉しいことだし、ありがたいことだと思った、だが……
「それに、私の幸せはあいつの傍に居ることなんだ。あんな奴でも、私を幸せにしてくれる。私にはそれだけで十分なんだ」
「そんなこと言ったって、そいつが今もお前を好きとは限らないだろ」
「それもそうだな。ならば今から確かめに行って来る。」
「行って来るって、校舎内に居るかどうかも解らないんだぞ?」
「大丈夫だ。学校に居る、絶対だ」
「どっからそんなわけの解らない自信がっ」
「勘だ。どうだ、女の子らしいだろう?」
何故かこみ上げてくる笑みを一つ残してそれだけ言うと、私は一目散に生徒会室を抜けて駆け出した。
後ろからは何も聞こえてこない。今頃生徒会のメンバーは茫然自失としているんだろう。きっと、鳩が豆鉄砲を喰らったような、だ。
でも申し訳ないとは思うが、正直今はそんなことはどうでもよかった。
グラウンド、新、旧両校舎を駆けずり回って朋也を探す。
朋也っ!
朋也っ!朋也っ!
朋也っ!朋也っ!朋也っ!
朋也っ!朋也っ!朋也っ!朋也っ!
朋也っ!朋也っ!朋也っ!朋也っ!朋也っ!…………
ハァ、ハァ……
これだけ捜しても見つからない。でも居る、それだけは解る。根拠もなく涌いてくる、自信。
でも、見つからない。どこか特別な教室か何かに入ってしまったのかもしれない。
だったら、絶対に通る桜並木で待とう。ずっと待っていよう。
私達が別れたあの場所から、もう一回歩き始めるんだ。
やがて、雪が降り始めた頃、校舎の方から人影のようなものが見えてきた。
一目で解る。間違える筈も無い。
それは、朋也だった。
「よぅ」
「ああ……」
久しぶりに聴く、朋也の声。なんとなく、それだけで暖かな気持ちが幸せな気持ちが、溢れてくる気がした。
大丈夫だ。そんな気がした。不安な気持ちは確かにあったけど、でも、大丈夫、やり直せる。その時、なんとなくそう思えたんだ。
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――― 朋也、お前は世界で唯一、私を幸せにも、不幸せにも出来る、本当に凄い奴なんだぞ。 ―――
おわり
プチおまけ(のようなもの)
春。
学校傍の桜並木の道で、危険なお兄さんこと朋也を見送った私と鷹文は、あの日できなかった会話をしていた。
「ねぇちゃん」
「うん?」
「キレイだね」
「ああ……」
本当に……
「綺麗だな……」
---あとがき---
難産でございました。なんちゅーか、疲れた。もーそれだけ。
こんだけ疲れるSSを書いたのも久しぶりでございますよ。
智代らしく書いたつもりだったんですが、如何でしょうか?気になるところです。
Amikaさんの「90%」と言う曲が、大好きです。
この曲を思い出した時、嗚呼、こりゃ智代でSSを書くしかねぇな。なんぞと思い上がったもんでした。
前半は割と内容も歌詞をなぞれている……はず。後半は大分違ってるけど。(苦笑)
まぁまぁ、兎にも角にも、読んで下さった方々に沢山の感謝を込めつつ、ではまた〜
05/04/04
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