満月衛星。-文-90% 前編 満月衛星。  - 90% 前編

『90% 前編』

 ――― 朋也……解っているのか?お前は、本当に凄いやつなんだぞ…… ―――

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 ある日から、私の心にはぽっかりとした穴が空いている。それは、何者にも変えられない者を失って出来た穴だった。
 そんな穴が出来ても、意外と人間とはちゃんと生きていける。そんなことに気が付いたとき、自分でもちょっとビックリした。
 私には、しなければならないことがある。きっと、それがあるから図太く居られたのだろう。
 誰の味方でもなく、敵でもなく過ぎていく時間は、果たしてこの私の穴を、埋めてくれるのだろうか……

「会長、おはようございます」
「うん、おはよう」
「おはようございます。今日も早いですね」
「おはよう、会長が遅刻してしまっては示しが付かないからな」

 朝、学校へ向かう中、様々な生徒達が、私に声をかけてくれる。これだけたくさんの人に声をかけてもらって、慕われていると言うのに、足りないんだ。
 暦の上では夏は終わり、秋と言うことになっているが、まだまだ暑い。二学期が始まってもう2週間ほど経った。

 選挙に当選してから約4ヶ月が経つ。
 会長、と役職名で呼ばれるのは今でも少々恥ずかしい。そんなたいそうなものでないことは、自分が一番わかっているつもりだから。

 そう、選挙に当選してから、もう4ヶ月経つのだ。4ヶ月……それは、あいつと別れてからの歳月でもある。4ヶ月とはあっという間のようで、とても長い、長い、時間だった。
 その間に、色々な行事があって、私はその全てを生徒会や、行事関係者と過ごしてきた。どれも楽しかったし、充実していたんだ。
 でも、何か足りない……。足りないんだ。

 きっと、私を通り過ぎて行く生徒達を全員束ねたとしても、その足りない気持ちの10%も満たせないんだ……

 足りないものを別のもので補うように行事に打ち込み、そしてそこでまた、足りないものがあることに気づかされる。その繰り返し。
 そんなことを考えながら、私は教室へと向かった。きっとあいつは、今日も遅刻してくるのだろう。



 昼休み。生徒会室で10月に行われる予定の体育祭についての会議が行われていた。

「体育祭の運営費用なんだが学校側から提示される予算だと、どうしても足りなくなってしまう。そこで皆からの意見を取り入れたい。何か意見のある人」

 皆で弁当を広げながら意見を交換し合う。体育祭関係者がいれば、弁当を食べながらこんなことはしない。勝手知ったる面子だからこんなことが出来る。
 流石にこのメンバーの中で鼻の穴にウインナーを突っ込めるようなことまでは出来ないが。

 あの時、私があの場にいた時、私は確かに幸せだった……
 またあいつらと昼食を一緒に囲みたい……
 あいつの友達と、ともに弁当を囲もうと約束した……
 その約束を果たしたい……
 そういえば、あいつらはちゃんとした食事を食べているだろうか……

「……っがみっ!坂上っ!!おいっ、話を聴いてるか!!?」
「あっ、ああ。すまない。ついボーっとしてしまった。で、意見は出たのか?」

 いかんいかん、つい、ボーっとしてしまった。そんな私を周りのメンバーは

「おいおい、坂上ともあろうお方が、夏休みボケかぁ〜?」
「会長でもそんなことあるんですねぇ〜」
「それとも、新学期早々でもう疲れたか?」

 などと冗談と一緒に気を使ってくれた。

「いや、私なら大丈夫だ」
「ん、でもまぁアレだ、新学期そうそう昼休みをつぶしてこんな会議をしてるんじゃ、ちょっときついだろうからな。ま、茶でも飲むといい」
「ああ、ありがとう」

 そう言ってどうやら自分の家から持ってきたらしい水筒からお茶をコポコポと紙コップに入れて、私の前においてくれた。
 時間が経ちすぎていて、少々ぬるくなっていたが、それでもおいしいお茶だった。なんだか、とてもありがたかった。
 それからしばらく、ちょっとした談笑で少し場が和ませると、議事録を取っていた書記からノートを受け取り、出された案について検討しあう。

 頭をすばやく切り替える。ボーっとしていた時間はそんな長い間でもなかったらしく、意見はそんなに沢山はなかった。2、3検証した後に、新しい案を募る。
 体育祭も、皆が喜んでもらえるものにしたい。さっきまで考えていたことを、無理やり奥に押しやって、今しなければ成らないことに、全力を注ぐことにした。
 皆の期待に、私は答えたい。答えなければならない。私がそうしたいから。それが、私の選んだ道だから。



 夕暮れ時、幾分日は短くなったとはいえ、時間的に言えばもう立派に遅い時間。
 部活が終わった生徒達と一緒に、私達も下校していた。体育祭が近くなればそれに伴い帰宅時間は遅くなるが、今はまだそこまで忙しさに襲われることはない。これからだ。

「カイチョー、おつかれー」
「お疲れさまッスー」
「また明日ー」
「じゃねぇ〜」

 そんな風に声をかけてくれる生徒達に返事をしていく。周りからだんだんと減っていく人の数。
 皆それぞれに自分の家へと帰っていく、私もそうだ。大切な、家族の居る家へ。
 あいつは今日も春原の部屋に押しかけているのだろうか……

 一人になってから家に付くまでの間、一人で居る、と言うことが妙に寂しい。心細さ、と言うやつを感じているのだろうか。
 あいつらと、いや、あいつと出会うまではそんなもの、感じたことも無かったというのに。いつから私は、こんなにも弱くなってしまったのだろうか。
 前に一人で居た時や、家族との仲を取り戻そうとしたときは、もっと強かったはずなのに。

 不意に、あいつと居た時間を思い出す。
 あいつと過ごした場所を思い出す。
 あいつが触れた場所のぬくもりを思い出す。
 幸せだった。思い出すだけで、まだ胸の奥が締め付けられて、涙が出てくる。

 あの頃に戻りたい。
 二人で一緒に居た時間を、永遠にループさせてしまいたい。

 戻せない。
 時間は前に進めても、後ろに向かっては歩けないから。

 ならばいっそのこと、忘れてしまいたい。
 通り過ぎてしまう人たちと一緒に、思い出を溶かし込んで消してしまいたい。

 でも、忘れたくない。
 忘れてしまうということは、好きで居てくれたあいつに対して申し訳が立たない。

 いや、そんなことは単なる建前でしかないんだ。



 本当に忘れたくないのは



 私が




 まだ





 あいつのことを…………

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続く。


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