満月衛星。-ss-ナイスな隣人 満月衛星。 ss - ナイスな隣人

『ナイスな隣人』

 パソコンで時間を確認すると、もうすぐ日付が変わる時間だった。
「もうすぐか……」
 そう呟いて彼は一つため息をつく。毎週この時間になると彼の同居人は大絶叫を上げる。一緒に住み始めたころはビックリしたもんだったが、それもパターンがつかめてくるとなんとも思わなくなる。いわゆる慣れ、というヤツだった。
「俺のハニーがレイプされたーーーーーーっ」
 今週もお馴染みになった大絶叫が聴こえると、やっぱりな、とこちらもお馴染みになった台詞をため息に乗せる。傍らに置いてあるコーヒーを一啜りしてもう一回、ため息をつく。
 今週はレイプか。
 単純に言葉だけ聴いたらビックリするところだろうが、こんな生活も長くなるとなんとも思わなくなる。
 先週はなんだったっけ?
 思い出そうとして、彼はその思考を止めた。そんなことを考えたら毎週毎週思い出さなければならなくなりそうだったからだ。
 アホらしい。大体お前、彼女いないじゃん。
 彼の同居人以外が聞いたら大変誤解しただろう。実際彼も一時期誤解した。いや、正確にはしかかった。
 それが誤解であると知ったときに彼は大いに腹を立て、説教垂れたが、いつもなにやら立場が逆転し言いくるめられてしまった。
 何でだ? という当然のような疑念が顔にも表れていたのだろう。彼の表情からその疑念を読み取った同居人は自分の腕を叩きながら
「腕の違いですよ。」とニンマリと笑ってみせた。それからこういったのだ。きっと、いや、間違えることなく、今日も同居人はそういうだろうと考え、実際その通りのことを彼は言った。
「パソコンの初期化して」
 今でも忘れていない、腕を叩きながら言った台詞と、あの時の嬉しそうな顔。獲物を他の動物から掠め取った動物はみんなあんな顔をするのだろうな、とそのとき彼は思い、そして何度かリベンジを試みては負けを重ねていった。

「で、なんでレイプなんだ?」
 ウイルスに犯されたパソコンを初期化するたびに毎回貰っているお金を受け取ると、彼は同居人のパソコンの前においてある椅子に座り、早速初期化の準備を始める。
「なにが?」
 背もたれを前にして椅子に座り腕を背もたれの上に載せて組む。そして同居人はさも何を言っているのか解らないと言う顔をして言い返してきた。
「とぼけるなよ。お前が意味もなくわけの解らない叫び声を上げるもんか。毎週そうじゃないか」
「大体予想は付いてるクセにぃ〜」とニンマリ笑って同居人。
「そうだとしても、それを聴かないとお前が五月蝿いだろ。動きを止めるか、口を止めるかどちらかを選べとやっぱり毎週のように選ばされてるんだ、それも否応無しに。それだったら口を動かしてもらってそれを右から左に流す方がこっちには楽なんだよ」
 前に口を動かすなといって黙らせたら周りをちょこまかと動かれて大変気が散った時があった。口を開けば一晩でも平気で喋る男だったが、変わりに喋るのに一生懸命で他の動作をしない。要はどちらかしか出来ない、口と体を同時に黙らせることが出来ない、それが彼の同居人だった。
 両方いっぺんに出来ないのか? と作業中に適当に聴いたことがあった。そのとき駆ればゲラゲラ笑いながら
「大昔に一度、食事中に両方をいっぺんにやろうとして、喋りながら食事をしたらテーブルがとんでもないことになっちゃってさ、それ以来どっちか片方にしろって親に言われてね。いやぁ〜あん時は怒られた怒られた」
 と悪びれる様子もなく言った。その様子が手に取るように想像できて、彼は同居人の家族に同情した。そして同時に、今の彼の行動に大いに納得したものだった。
 そんなある意味不器用な彼が、早速口を開けて先ほどの解説を始めた。
「ウチのハニーはレイプされてしまったのですよ」
「よくいう。自分でわざとウイルスメールを開けて自ら感染させたんじゃないか。それをそんな大げさな言い方して誤解招くようなこと言うなよな」
「お前こそ、話の腰を折るなよな。男の子にとって腰は大切なんだぞう」
「あ、そ。で?」
「だからってそんな簡単に戻さないでくれよ、中途半端にボケた自分が虚しくなるじゃないか」
「中途半端にボケるからだ。で、さっさと話を続けろ」
 泣き真似をしながら講義をしてくる同居人をサッパリと聞き流して起動用ディスクをドライバに突っ込む。
「ああ、そうそう、ええーっと、マイハニーがレイプされちゃったという話でしたな」同居人は本題を再開させる。「レイプされちゃった彼女はレイパーとの間に子供が出来てしまいました。レイパーの方は子供を連れて、彼女をほっだらかしてどっかにいってしまったのです。彼女の心は大いに傷つき、その心労たたって衰弱死してしまったのです。ばばーんっ」
「あのなぁ、そんな不謹慎な話笑顔でするなよな」
「別にいいじゃん。お前に取っちゃ不謹慎なんだろうが、俺にとっては面白話でしかないんだからさっ。ところで不謹慎って美味いの?」
「お前にはご馳走だろうな」
「おおっ、それなら安心して喰えるな。それじゃあお前も食えばいいじゃん。俺優しいから言ってくれればお前の分もとっておいて上げるよ?」
「遠慮する。俺にとっちゃゲテモノ料理だ」
「あそ。ご馳走だってのに、勿体無い。いいもんね、俺一人で喰うから」
「そうしてくれ」
 そんな会話をしている間にもパソコンの初期化は着々と進んでいて暫くは待つだけの作業だった。
 会話が一区切り付くと同居人はどこかへ行ってしまった。外に出た様子はないからトイレかはたまた夜食か、そんなところだろう。
 ディスプレイが文字を映しては流れていく、この過程を見るのは、彼には不思議と苦痛ではなかった。何を、どうしているのか、というのがなんとなく解るからだ。
「アイ」という言葉とともに脇からコーヒーカップを乗せたソーサーが差し出された。カップの中からは淹れたてのコーヒーの匂いと湯気が立ち上っている。
「コーヒー、要らなかったか?」
「いや、貰うよ、アリガト」
「うむ、よきに計らえ」
 偉そうにそう言ってさっきと同じように背もたれを前にしてもたれ掛かり、コーヒーをすする。
 相変わらず俺が入れたコーヒーよりも美味いな。と彼は毎度のように感心する。彼にはいくつか勝てないと思っているものがあったが、コーヒーの淹れ方もその一つだった。コーヒーに限らず、同居人が淹れたお茶もまた彼が淹れるそれよりも美味しかった。
 インストールのパーセンテージが増えていくのを見ながら、彼は言った。
「そろそろいい加減に自分で初期化したらどうなんだ?」
「自分でやるなんてそんな、面白くもない」
「だからって毎週のように俺に金を払って初期化させることはないだろ。安い金じゃないんだから」
「それはお前にとっては、だろ?」同居人はコーヒーをすすりながら言った。「別に初期化して貰うってことに金を払ってるつもりはないよ」
「あ? なんじゃそりゃ? それじゃ何の為に金を払ってるって言うんだ?」
「まぁ、簡単に言うと、技術に、だな」
「同じようなもんじゃないか」
「まぁね。でも全然違う。同じようでも、全然違う」
「どこが?」
「毎回同じようにしているつもりでも、実は違うところがあるんだよ、そーゆーのを見てるのが楽しい。手順だって、同じように初期化するとつまらないんだろうな、お前が気が付いてないだけで毎回手順が微妙に違う。インストールするソフトだって、先週と今週は一緒かもしれないが、少し前と比べると実は入れてあるソフトが微妙に違ったりする。俺はそーゆーところを見て、お前がどんなものを見たり聴いたりするのを想像するのが楽しいんだ」
「ヒューマンウォッチングがしたければ駅前にでも行けばいいじゃないか。俺なんかよりも面白そうな人間がごろごろしてる」
「それはそれで時々やるけど、これはこれでまたみていて面白いんだ」
「俺は毎週疲れるけどな」
「そーゆーなよ。たかだかパソコン初期化するだけで銭が手に入ってくるんだから。仕事に見合うだけの量は渡してるだろ?」
「金銭のことを言ってるんじゃない。精神的なことを言ってるんだ。もう少し丁寧に扱えといってるんだ、俺を。俺はお前と違ってことさら丁寧に出来てる」
「なんだ、そうだったのか」と同居人が言うと、同居人はまじめな顔をしていった。「ところでさぁ、ことさら丁寧に作られてるもんってさ、ぶっ壊したり傷つけたり汚したくならん?」
「冗談だ。俺も普通に出来てる」
 目が冗談を言っているように見えなかったので、彼は慌てて訂正した。そんな反応を見ると同居人はやはりニヤリと笑って
「そうか、それは良かった。じゃあ頑張ってくれ」
 といった。それで彼はまた自分が負けを一つ重ねたことを知り、そしてタメ息を一つ付いて言った。俺は、不幸だ。と。
「お前が不幸なんじゃないよ。俺がラッキーなんだ」
 いつの間にか飲み終わったコーヒーカップを傍において、彼は喋ることに専念し始めた。
「んじゃお前がラッキーだと俺は不幸になるわけか」
「まぁ、それは否定できないな。俺は普段がついてないことだらけだからな。こーゆー時にラッキーがいつも訪れる」
「運よく、か。まさにラッキーなわけだな」
「運よくじゃないよ。自分で幸運と不幸のコントロールができるんだ。だから定職につかなくても金は稼げるし、お前みたいな人間とも逢うことができて、こうして同居までできてる。要所要所でラッキーが訪れるようにしてるんだ。失敗したらおしまいだけどな」
「それこそラッキーな能力じゃないか。」
「まぁね、でもしっぺ返しはちゃんと来るし、使いどころを間違えれば破滅もする。そういう点ではお前と変わるところはあまりないよ」
「それでも俺にとっては十分に羨ましい能力だ。」心底羨ましそうにそう言って彼は一つ舌打ちした。「お前なんか破滅質まえっ」
「破滅、ね……ふむん。」
 暫く黙り込んだと思うと、一人で納得して肯いた。
「もしかしたら、俺はパソコンを破滅させて、自分の破滅を避けているのかもしれんね」
「なんだそれは? 人身御供か?」
「うん。そう。まさにそれ。んでそれが再生されて復活させられるのを見て、自分が復活したような気分に浸るんだ」
「悪趣味極まりないな」
「ありがとう」
「褒めてないっ。全く、罵倒のし甲斐のないやつだ」
「ふっ、そーゆー台詞は罵詈雑言辞典を脳内に搭載してから言って頂戴。倍にして返してあげるから」
 倍にして返す。こいつだったら絶対にそうするだろうしなるだろうな、という予想がついて、彼は同居人の罵倒を諦めた。
 あまりにもリアルに凹んでいる自分を想像して、あっさり想像できてしまったことに彼は凹んだ。
 罵詈雑言辞典に対抗できる何かがないだろうか、と色々と考えて、結局なさそうだと結論付けたころにはOSとソフトのインストールが終わった。
 同居人はわざとウイルスにパソコンをかからせるがバックアップデータはいつもとってある。時々覗いてみるが、自分の頭にはチンプンカンプンだった。もっとも、理解しようという気もなかったから、それで言いと彼は考えて、ウィンドウを閉じる、興味本位だ。読んでも理解できないことを解っているから、同居人も何も言わないのだろう。

 データをパソコンに移し終えると、
「ハイ、完了」
 といって同居人に椅子を譲る。
「さーんきゅー。いや、今日も面白かった。ありがとう」
 相変らずニンマリ笑顔を崩さずに同居人は椅子に座り、生まれ変わったパソコンを見てヨカヨカ、と嬉しそうに呟いた。
 特に目新しいソフトを入れていない、入っているソフトは今までと同じことを伝え、彼は同居人の部屋を出た。
 そこでやっと一週間が終わったことを実感し、風呂と歯磨きを終えた彼は、ゆっくりとベッドに入って、目を閉じた。








おわり







---あとがき---
 何事も会話文で説明つけようとするのは私の悪いクセだな。
 読み返してないけどそんな気がする。キャラクターが神林長平っぽい。
 話の内容も神林長平の影響をもろに受けてる。まぁもっとも、彼だったらもっと面白いものを作るんだろうなぁ〜。
 とりあえず、2年ぶりにかいたオリジナルssだったらこんなもんかな。ってことで勘弁してください。

 それではそれでは、ここまで読んでくださった方々に沢山の感謝を込めつつ、今回はこの辺で。ではまた〜
 (05/10/27)

 P.S.感想なんかをmailformBBSにいただけると、嬉しいです。是非……おひとつ……

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送