満月衛星。-ss-息吹 満月衛星。 ss - 息吹

『息吹』

 今年も紅葉たちの手がひらひらと舞って地面に還っていく。そろそろ眠りを迎える季節だ。
 毎年毎年この時期は眠りの季節を迎えるための準備で皆忙しい。中にはこの時期に狂い咲く者がいたり、我々が眠る季節にも活動している木々たちがいるそうで、ご苦労なことだと思う。
「来年も、彼女来てくれるかなぁ」
 隣では若い桜の木が毎年来るツバメを待ち焦がれてそわそわしていた。衣が落ちていくのが他の木々たちよりも格段と早い。
 彼女たちは毎年同じ場所にねぐらを持つようだから今年もこの近くにねぐらを作り、近くを通ることだろう。特にこの辺りは動物たちの活動が活発だから、彼女たちの食料も豊富にいるはずだ。
 大丈夫だよ、といって聞かせてやると、若い木は安心したように、そうですよね、と答え、でも待ちきれないといった風を見せて、衣を落として寝る体制に入っていた。
 私はといえばゆっくりと体の衣を落として眠る準備をしていた。こうしてゆっくりとしながら周りの者たちの息吹を感じながら眠るのが、私の毎年の楽しみだった。
 次に目が覚めるときは目が覚めた者達が感じさせる、この時期とは違った活動の息吹を感じながら目を開ける。いつもと変わらない息吹の中で起きることが私には幸せだった……。


「我々が花を咲かすのは己が生きていることを証明するためなんだ、分かるか?」
 それは、前にいた山の老桜の言葉だった。よく分からないと私は答えた。
「我々が花を咲かせることによって時が一巡したことを生き物たちは目で感じることができるんだ」
「目が悪い動物たちはどうなの?」
「そういう連中は大概暗いところで暮らしているから我々の生活とはまた関係ないところで一巡したことを感じる」
「それじゃあ一巡したことが分かる方法は別に僕らが咲かなくてもいいってこと?」
「それは確かにそうだ」
 老桜がそこで納得して感心していると、別の老桜が話を引き継いで話し始めた。今度はそちらに耳を傾ける。
「それでは我々があまりにも意味がなさ過ぎる。それに第一、我々が花を咲かせ、実を成すことにより恩恵を受ける動物たちもたくさんいる。彼らは我々から恩恵を受け、我々もまた彼らを利用し、種として生き延びる。そういった生態系としてのサイクルに組み込まれるためのものでもあるんだ」
「うーん、やっぱり難しいね。よくわかんないや」
「いずれ、分かるときが来る。そのときまで覚えていればいい。いや、忘れてもかまわない。そのときになって思い出せばいい」
「わかった」
「いい子だ」
「これだからジジィどもの言うことは辛気臭くていけねぇやなぁ!」
 横から老桜よりも若い、桜の樹が話に割り込んできた。老桜はあからさまに不機嫌な顔をして、若い桜の樹を煙たがった。若い桜の樹は意に介した様子もなく私に言った。
「お前みたいなが木がンな難しいこと考えなくていいんだよ。ようは格好良く咲きゃいいんだよ、格好良く咲きゃ」
「そうなの?」
 老桜ということが全然違うので、私の頭は混乱する。そんな私を見て若い桜の樹はガハハと豪快に笑った。
「当たり前だろ? 生きてることを楽しんで、格好良く咲けば万事オッケー!! 何事も楽しんだもん勝ちだぜ?」
 いつのまに会話に加わっていたのか、その考えに同調したらしい周りの若い大人の樹々たちが、そうだそうだと体を揺らした。
「そりゃ若いものの考えだな。後のことを少しも考えていない」
「後のことを考えるのはジジィになってからでいいってことだよ。若いうちから先のこと考えすぎて老け込むなんざ不健康だぜ」
「だからといって先のことを全く考えていないというのは愚か者のすることだろう?」
「ンじゃ後のことばっか考えすぎて目の前にあるものを全部見過ごしちまうってのは、愚かじゃないってのかい?」
 そう、昔こんな会話を聴いた記憶がある。途中から私には話が難しくなりすぎて付いて行けなくなったことも覚えている。あの時は、どちらが言っていることを信じれば好いのかよく解らなくてたくさん悩んだ。結局答えも出なかった。今自分がいる場所ではない、随分昔に私がいたところ。
 山々の奥に我々は住んでいた。そこは今いる場所とは違った雑多な生命の息吹を感じさせる場所で、我々はやっぱり、毎年のように花を咲かせ、葉を茂らせ、葉を落として眠ることを繰り返した。
 そこで私は生き物たちの生きるすべというものを見て育った。私にできることといえば、老木たちの話し相手くらいだった。当時若かった私は、まだ実を成すことはできず、大人の木々たちが成している実を食べる動物たちを見ては、早く自分も大きくなって、動物たちの役に立ちたいと大人にあこがれ、夢をみていた。
 だが、私の夢がかなうことはなかった。ある日突然現れた動物たちによって、私は住む場所を移動させられた。なぜ自分だ他のだろうと当時は疑問に思ったが、どうやら若い木を選んだということだのだろうと今は思う。他の木に比べて軽いということは、移動させるのに便利だったのだろうから。
 今まで生きてきた時間と比べれば、あっという間の時間だったが、私は住む場所が変わってしまった。不安でいっぱいだった。
 そこは今まで見たことがないくらい、平らな地面が続いた場所だった。少し離れた場所に自分たちとは比べ物にならないくらいの大きな木々が立っていたが、生命の通う息吹は感じられても、その木々からは生命というものが感じられなかった。それは、無機質の大木といった感じだった。
 近くには同じように住む場所が変わってしまった木々たちがいて、彼らと情報を交換したり、故郷のことを自慢しあったりして不安を紛らわせた。あのころは、眠るのが怖かったことは今でもよく覚えている。
 住む場所が違う、感じる息吹が違う。それは不安を膨らませるには十分な要素だった。だが仲間もいた。そしてそこに生きる動物たちも。仲間たちと故郷自慢することは、やがて当分の話の種になったし、それが尽きることには、新しい生活にも慣れ始めていた。我々は、そこが新しい住処なのだと、認識し始めた。
 周りを見渡す余裕ができるようにまで生活が馴染むと、私たちをここにつれてきた動物たちがたくさんいる場所なのだということを、私はようやっと認識した。どれもこれも同じような顔をしてせわしなく動く姿は蟻を想像させた。その蟻を思い起こさせる彼らが、ここへ始めてきたときからある大きな気の中で感じる息吹たちだと気付いたのは、それから随分経ってからのことだった。
 ただ、蟻と違うのは、私には彼らの言葉は解らなかった。その点、蟻の方がまだ性質がよかった。何を言っているのか解らないから何をするのか、その行動がよく解らない。そのうえ彼らは私たちが眠っている時間も起きて活動している、ご苦労なことだ。そのことを知らなかったころ、私の眠りは、ひどく妨害された。あのころには解らなかった他の木が狂い咲く理由が、少し分かった気がした。あれは、きっとストレスから来るものだ。
 しかし、時に騒ぎ、時に和み、そして時に怒り、悲しみ、とさまざまな息吹の流れだけはよく伝わってくる動物たちで、そんな息吹の流れを感じるのが、いつしか私の楽しみになっていった。
 私が目覚めるころにはきっと楽しい息吹たちを嵐のように巻き起こしてくれることだろうと期待をこめて、私は目を覚ました。


 まだ目覚めるには少し早かったらしく、他の木々達はまだほとんどが眠っていた。起きるのが早くなったと言うことは年を取ったということだろうか、それとも楽しみが待ちきれずに起きたと子供にまで若返ったと思うべきだろうか。
 いずれにしても、私の目覚めはいつもよりも早かった。この時期もせわしなく動いている動物たちをほかにして、あたりはいつもよりも静かだった。こんな静けさを感じたのはいつ以来だろうと考えて、相当ご無沙汰だったことに気付いて思った、早起きはするものだ。
「やぁ、おはよう。君が花を咲かせるのには、まだちょっと早いんじゃないかい?」
 声がした方を向くと、梅の木が花を咲かせていた。フム、やはり早起きはしてみるものだな。
「そうだな、まだ早い。でも、こうしてあんたが花を咲かしているところを一足先に見れたんだ、早起きはしてみるもんだな」
「嬉しいことを言ってくれるねぇ。ここに来たころはいっぱいいっぱいで狂い咲いちまった坊主が、言うようになったもんだ」
「それはもう勘弁してくれ」
「なぁに、まだまだこれからも長生きするんだ、まだこのネタを肴に盛り上がれるさ」
「そろそろ新しいネタを探してくれ、もうどれだけ前の話だ……」
 あのときの自分はいっぱいいっぱいで、随分前のことのはずなのに今思い出しても自分が痛々しく思える。あの時は自分ばかりか、周りにまでそのいっぱいいっぱい加減を伝染させてしまって申し訳ない気持ちになって、またいっぱいいっぱいになった。随分経った今では笑い話になったが、あの時はとても笑える状況なんかではなかった。あんな状態はもう二度とゴメン被る。
「フム、そろそろ新しいネタを渡り鳥どもが持ってくるだろう。そこからあさってみるか」
「ああ、それは好いな。やつらの話はカラスたちと違った面白さがあって、いつ聞いても面白い」
「話の内容がすぐ飽きるってのは難点だがな」
「確かに」
 私は苦笑しながら答えた。早起きはしてみるものだ、おかげでこうして静かな時間の中ではなしをすることができる。梅の木とこうして二人で話し込むのは初めてかもしれない。
 いつも集団で話し込んでいるときとは別の話題を梅の木はたくさん持っていて、私にはそのどれもこれもが新鮮だった。私も負けじと話の種を出す。梅の木は聞き上手でもあるらしく、私の話に上手く相づちを打ってくれた。
 次第に、周りの木々たちが起き始めると、自然と会話の輪は広がっていき、そしていつもどおり準備で皆がバタバタと活動を始めた。始めはのんびりとその様子を見ながら、のんびりと準備をした。なに、急ぐことはない。

 やがて皆が起きて辺りが騒がしくなる。隣では眠る前にそわそわしていた若い桜の木が今年も無事に帰ってきたツバメと会話に花を咲かせている、ツバメの方もまんざらではないらしく、終始笑顔をこぼしていた。今はまだ三分咲きといったところだったが、満開に花を咲かせたときの彼は、きっと誰よりも綺麗だろう、そんな姿が観られると思うと、私も嬉しくなる。さて、そろそろのんびりもしていられないな、私も準備をすることにしよう。
 そうこうしているうちに、我々桜は満開に花を咲かせる季節を迎える。桃色の衣を羽織った我々は皆誇りをもって咲く。それに魅せられた鳥や虫たちが花粉を運び、実を成す手伝いをしてくれる。それと一緒に我々には到底体験できないようなことを体験し、我々に言って聞かせる。それが楽しくて、我々もつい夢中になって聴いてしまう。咲いてよかったと思える瞬間だった。
 それとは別に騒ぎ出す連中がいる。無機質の大木を行ったり来たりする動物たちだった。どうやら彼らは人間というらしいと鳥たちから教わった。
 日の昇る時間も、月の昇る時間も、彼らは行ったり着たりと騒いでいる。何がそんなに楽しいのだろうかと始めは思ったが、最近はそうは思わなくなった。
 こうして騒いでいるこの人間たちが発する幸せそうな、そして楽しそうな息吹を感じて、私も幸せな気分になれるようになっていた。そして昔のことを思い出す。老桜が言った言葉と、若い桜の樹が言った言葉。
『我々が花を咲かすのは己が生きていることを証明するためなんだ』
『彼らは我々から恩恵を受け、我々もまた彼らを利用し、種として生き延びる。生態系としてのサイクルに組み込まれるためのものでもあるんだ』
『生きてることを楽しんで、格好良く咲けば万事オッケー!! 何事も楽しんだもん勝ちだぜ?』
 彼らが言ったこの言葉、昔はよく解らなかったが、今なら分かる。彼らの言ったこと、そのどれもが間違っていないと言うことが。どれも正解で、少なくとも、この三つともが正しい答えなんだろうと言うことが。
 今ここにいる彼らは我々からの恩恵を受け、そして我々は彼らからも楽しく生きているという息吹を感じて恩恵を受けている。さぁ、私は、彼らに楽しんでもらうために、自分もその恩恵にあやかるために、私が生きている存在を証明しよう。


 やがて花も咲き終え、衣を葉に変える季節になると、われわれの住んでいる場所は人間の親子たちの憩いの場所になる。花を咲かせる季節とはまた違った息吹の流れを感じる。葉と花が混じる体から、ゆっくりと花を体から落とす感覚を、私は楽しんだ。眠りの準備をする季節とはまた違う、楽しみを待つということを楽しみながら。
 気がつくと、人間の子供が私のすぐ傍に来ていた。何かを伝えようとしているようだが、生憎と何を言っているのかが解らない。子供の言葉を汲み取ろうと必死に子供の息吹を感じてみると、どうやら挨拶をしているらしいことが辛うじて解った。私も挨拶を返す。丁寧に、言葉を風に乗せて。
 伝わったのかどうかは解らなかったが、子供は言葉を続ける。それはとても他愛のないことで、体の具合だとか、どれくらい生きているのだとか、そんなことだった。だが、その子供との言葉のやり取りはとても楽しかった。意思の通じないもの同士のコミュニケーションというのは違う酸素濃度の中で暮らすことのように難しい。その息苦しさが、新鮮で、楽しかった。
 暫く会話をしていると遠くの方から子供の親らしき動物が、子供を呼んだことが解った。子供が振り返ったからだ。
 親に返事をした子供は私のほうへと振り返り、手を振って、言った。またね、と言っているように聞こえた。
 だから私もまた会おうと言う言葉を籠めて、体を風に揺らした。子供の振った手が紅葉のようで、眠りの準備の季節にしか感じられないと思っていた気持ちをこの季節に味あわせてくれたことへのせめてものお礼だと思い、残り少ない花を風に載せて散らせる。
 私からの言葉は、子供に伝わっただろうか。

 今日も、私は様々な息吹を感じて、生きている。








おわり







---あとがき---
 アップするのをすっかり忘れてました。そんなこんなで思い出したときにツルッとアップするのです。
 オリジナルSSこんぺ、略しておりこんに出展した作品です。色々と感想をいただきまして、その節は皆様ありがとうございました。
 まぁまぁ、色々なタイプのSSを作っていけたらなぁと思う所存ですよ。
 (06/02/25)

 P.S.感想なんかをmailformBBSにいただけると、嬉しいです。是非……おひとつ……

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